コラム
- 職場のハラスメント
「感謝」と「ポジティブ」がハラスメントを覆い隠す。悪意なき抑圧の背景と対策【後編】
4. 対話型組織開発による再生:不可視のストレスを言語化する
前回のコラムでは、「感謝」や「ポジティブ」という一見美しい「光」がハラスメントを覆い隠し、社員の自己欺瞞や能力不足の錯覚を生むというお話をしました。
この「光」の影で静かに進行する組織の自壊を、食い止めて再生へと導く鍵として、エドモンドソンが提唱した「心理的安全性」を基盤とする「対話(Dialogue)」をお勧めしています。
例えば、ハラスメント対応の実務者がしてしまいがちなこととして、特定の結論や善悪の決着を急ぐ「議論(Discussion)」の場を設定してしまうことです。
「誰のどの発言がハラスメントに該当するのか」「バリューの解釈としてどちらが正しいか」を議論(白黒の決着)しようとすれば、声の大きい「明朗闊達なマジョリティ」が勝ち、違和感を抱いているサイレント・マジョリティはさらに沈黙を深めることになりかねません。いえ、なっているケースを多くみてきました。
組織開発において今必要なのは、勝敗を決める議論ではなく、お互いの前提を保留し、意味を共創する「対話(ダイアログ)」です。
具体的には、人事やマネジメント層は、単なるハラスメント相談窓口の設置(形式的な対応)に頼るのをやめ、「影」の部分を照らした対話の場を意図的にデザインする必要があります。
・「ポジティブの裏側」にある価値を承認する(回復思考の救済)
例えば、「常に前向きであること」を求めるあまり、リスクや課題を指摘する声を「ネガティブ」「不平不満」と切り捨てていなかったかを問い直します。 問題点を発見し、その解決に集中する「回復思考」や、静かに緻密に仕事を進める姿勢こそが、組織の暴走を防ぐブレーキ(価値ある強み)であったことを、マネジメントが公式に承認(リフレーミング)します。
・「綺麗な言葉」の定義を全員で疑う
例えば、組織が掲げる「顧客第一」や「感謝」といった美しいスローガンが、現場でどのような「無理(歪み)」を強いてしまっているのか、本音と実態を出せる場を設けます。「私たちの掲げるバリューは、誰かを息苦しくさせていないか?」という問いを公式に投げかけることで、美しい理念がハラスメントを隠蔽するものとして機能するのを防ぐことができます。
対話とは、沈黙の下に埋没していた「違和感」に言葉を与え、組織の「当たり前」を問い直す触媒に他なりません。 大義名分の影で、声を奪われていた多様な個性が「ここにいていいのだ」と実感できたとき、組織の自浄作用と従業員の「できる自信(自己効力感)」は、初めて回復に向かいます。
また、ここでお伝えしたいことは、もう一つあります。
「そうしたことは綺麗事であって現実的ではない」「できるはずがない」と、机上の空論として片付けてしまうケースに、私は現場で数多く出会ってきました。
しかし、決して綺麗事で終わらせず、愚直に対話へと向き合った組織も確かに存在します。そうした組織は、見えなくなっていた課題を一つひとつ可視化し、確実に前進しています。対話による再生は、決して理想論ではなく、実現可能な取り組みなのです。
5. 品性ある組織と真の感謝の循環:組織的徳性への昇華
心理的安全性の確保された先にある組織の究極の状態、それが「組織的徳性(Organizational Virtuousness)」(Kim Cameron)です。
徳性ある組織とは、賞賛を求める「自己認知目標」を脱し、他者を助ける「貢献目標」へのシフトを実現した集団を指しますが、組織が掲げる「感謝」や「思いやり」といった美しい理念(徳性)は、一歩間違えれば、従業員に理不尽な労働やハラスメントを我慢させるための「隠れみの(情熱搾取)」に化すこともあるのです。意図しているか、いないか、は別にして、です。
そこで、キャメロンが提唱している「徳性の8つの次元」(※1)をもとに、美談による搾取(情熱搾取)を防ぐための実践的フレームワークを考えてみました。参考にしてみてください。
■徳性ある組織の8つの次元と公正性の統合
1.感謝と称賛: 形式的ではない、存在そのものへの多面的な承認。
2.尊厳と尊敬: 役割の上下を超えた、人間としての不可侵性の保持。
3.サポートと慈愛: 弱さを開示できる安全なエネルギーネットワーク。
4.配慮と思いやり: 従業員の身体的健やかさを業績と同等に重視する文化。
5.意味と目的: 搾取ではない、社会への真の貢献実感。
6.ポジティブな活力: 他者を鼓舞し、能力を増幅させる関係性。
7.許しと理解: 失敗を責めず、学習の機会とする「手続的公正」の担保。
8.信頼と誠実: 言行一致と、不当な行為に対する断固たる拒絶( 相互作用的公正 )。
ここでポイントになるのは「不当な行為は一貫して罰せられる」という手続的公正が機能して初めて、情熱が搾取される危険性が最小化され、本当の意味の徳性へと昇華されていくのではないか、ということです。
6. 人事・コンプライアンス担当者への実践的提言
ハラスメント対策を単なる「法務的防衛」と捉える時代は既に終わったと言っても過言ではないでしょう。それは、従業員の自己効力感を守り、組織の「品性」という無形資産への投資であると再定義すべきではないかと思います。企業は、「許しと公正な手続」の制度化へと舵を切る必要があると思います。
ここで、Houseの「社会的支援(ソーシャル・サポート)の4分類」(※2)に基づいて作成してみた、実践チェックリストをご紹介します。参考になれば幸いです。
【実践チェックリスト】
・道具的サポート
ハラスメント調査において、客観的証拠(デジタルログ等)を重視する透明な調査プロセスが確立されているか。
・情緒的サポート
管理職に対し、部下の心理的トラウマや身体的予兆(不眠・嘔吐等)を察知する共感スキル教育を行っているか。
・情報的サポート
自爆営業やアウティング、執拗なマイクロマネジメントを明示的に禁止する就業規則のアップデートを行っているか。
・評価的サポート
ハラスメント被害者が「自分の能力不足」と誤認しないよう、第三者による適切なキャリアカウンセリングを提供しているか。
・組織公正の担保
高業績者であっても、ハラスメント加害者には厳正な処分を下す「一貫した正義」を組織全体に示しているか。
このように
「道具的サポートとして、客観的証拠を重視するプロセスはあるか?」
「情緒的サポートとして、部下の不眠や嘔吐などの身体的予兆を察知できているか?」
と整理すると、「何を、どう支援すればハラスメントを未然に防げるのか」が現場レベルでクリアになります。
施策づくりの参考として以下を考えてみました。参考になれば嬉しいです。
【「悪意なき抑圧」を断ち切る3つの実装ステップ】
美名に隠されたハラスメントや情熱搾取を防ぐ対策は、一度の研修やスローガンの更新だけで完了するものではないため、組織の構造・現場の関係性・個人の認知という3つのレイヤーで、段階的に対策を実装していく必要があるでしょう。
ステップ1 制度と基準の「再定義」(組織的取り組み施策)
まずは、「理念の体現」と「労働の公正性」を明確に切り分けることです。
「お客様のため」「プロとしての情熱」という言葉で曖昧にされていた業務範囲や負荷を可視化し、過重労働や理不尽な要求を「美談」として処理させない手続的公正(評価・処遇・処罰の一貫性)を制度として担保します。
ステップ2 違和感を歓迎する「対話の定例化」(現場・マネジメント層の取り組み施策)
次に、1to1やチームミーティングにおいて、「前向きな報告」だけでなく「業務のひずみや違和感」「リスクを察知した回復思考の意見」を歓迎する文化を醸成します。「このバリューの実践によって、誰かに無理が生じていないか?」という問いを管理職から投げかける習慣をつくることが、聖域化の抑止力になります。
ステップ3 自己欺瞞に気づく「心理教育の提供」(個人レベルでの取り組みに関する施策)
働く一人ひとりが「やりがいを人質に取られた自己欺瞞」に陥らないよう、ハラスメントが自己効力感を奪う心理的機序を社内教育で周知します。「つらいと感じるのは自分の能力不足ではなく、環境の歪みかもしれない」と気づける視点と、第三者に安全にSOSを出せる相談ルートを確保することが不可欠です。
ハラスメント対策を「規程の整備」から「品性ある組織文化への戦略的投資」へと引き上げる変革は、心から「素晴らしい」と呼べる職場を創る道なのだと思います。
(※1)
参考:キャメロンの「徳性の8つの次元」
- 感謝と鑑賞(Gratitude and Appreciation)
- 尊厳と敬意(Dignity and Respect)
- サポートと思いやり(Support and Compassion)
- 配慮と懸念(Caring and Concern)
- 意義と目的(Meaningfulness and Purpose)
- 肯定的活性化活動(Positively Energizing Activities)
- 許しと理解(Forgiveness and Understanding)
- 信頼と誠実(Trust and Integrity)
(※2)
参考:ジェームズ・ハウス(James S. House)の「社会的支援(ソーシャル・サポート)の4分類」
・情緒的サポート(Emotional Support)
相手に共感し、話を聴き、信頼や気遣いを示す精神的な関わり。(例:「大変だったね」と寄り添う)
・道具的サポート(Instrumental Support)
具体的な作業を手伝ったり、時間や物資、資金などを直接提供したりする物理的な援助。(例:仕事を肩代わりする)
・情報的サポート(Informational Support)
問題解決に役立つ具体的な情報、アドバイス、ガイダンスを提供すること。(例:解決マニュアルや相談窓口の情報を教える)
・評価的サポート(Appraisal Support)
相手の行動や価値を肯定し、自己評価(自信)を取り戻せるようなフィードバックを与えること。(例:「あなたの対応は間違っていないよ」と伝える)
参考文献
・一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会 (2026),『職場のハラスメントと個人・組織の諸相関調査』
*ダウンロードはこちら https://share.hsforms.com/1uuO7AneUQqW2yRFEvqsFrQsxma3
・厚生労働省 第2回 職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会 配布資料(資料3)P4
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【執筆者】
相談員養成講座 特任講師 平澤 知穂
【プロフィール】
2000年にコーチとして独⽴、研修講師として活動開始。 2つの⼤学で通算14年間⼤学⾮常勤講師を務める。 企業や⾃治体、医療法⼈などにおいてハラスメント防⽌の活動を⾏い、2022年には個⼈のハラスメント年間相談対応が 600件を超えた。厚⽣労働省の設置するハラスメント相談窓⼝や、法務省の刑事施設における矯正教育関連プログラムの ファシリテーターを経験している。
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