コラム

  • 職場のハラスメント

職場の「安全」は回復力を支える 〜なぜハラスメント対策がある職場では、人が育ち、打たれ強くなるのか〜

私たちが日々の業務に臨む中で、最も「やりがい」を実感し、働くエネルギーを得るのはどのような瞬間でしょうか。

 

一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会が実施した最新の自主調査(2026年)におけるフリーコメント
(スライド14・15の「コメント一部抜粋」)を分析すると、非常に興味深い傾向が見えてきます。

 

▼調査はこちらからダウンロードできます
https://share.hsforms.com/1uuO7AneUQqW2yRFEvqsFrQsxma3

 

「今の職場で最もやりがいに感じていること」という設問に対し、出現頻度が圧倒的に高かったキーワードは
「お客様」「感謝」でした。

・「お客様から感謝されること(男性30代他多数)」
・「仕事相手からの感謝(女性50代)」   など

 

私たちは、外部(顧客や社会)とのポジティブなつながりや、自分の提供した価値に対する「ありがとう」の声を最大の原動力として、前を向いて働いているのです。

しかしその一方で、従業員からこの貴重なエネルギーを奪い去る要因のトップに挙がるのは、仕事そのものの難しさや物理的な過酷さではありません。
同調査の「最もストレスに感じる背景」において頻出したのは、職場内の「人間関係」や「上司」「同僚」、あるいは過剰な干渉を意味する「マイクロマネジメント」といった、組織の内側における理不尽と感じられる関わり合いでした。

どれほど外の世界(顧客対応や市場での挑戦)で高いモチベーションを得て業務に取り組もうとしても、ホームポジション(職場環境)が冷え切り、いつ背後から不当に攻撃されるか分からない状態では、人間は本来の力を発揮し続けることができないものです。

外からの厳しい風雨に立ち向かう「回復力」を生み出すためには、まず組織の内側が「嵐をしのげる安全な場所」として機能していることが絶対条件です。

ハラスメント対策という「組織インフラ」がもたらす保護効果

では、職場の「安全」が整っているかどうかで、従業員のレジリエンス(逆境から立ち直る力)には具体的にどれほどの差が生まれるのでしょうか。

『職場という名の防壁』が持つ効果の大きさを、同調査のデータが証明してくれています。

「私は気分が落ち込んでも、すぐに回復ができる」という設問に対し、職場の環境ごとに回答を掛け合わせたところ、驚くべき対比が浮かび上がっています。

「私の職場ではハラスメント対策がなされている」という問いに「よくあてはまる」と回答したグループでは、実に59.1%の人が「すぐに回復ができる」と答えています(よくあてはまる:40.99% + まああてはまる:18.2%)。

これに対し、ハラスメント対策が「全くあてはまらない」と答えたグループでの回復力は、わずか23.4%に留まっていました(よくあてはまる:5.0% + まああてはまる:18.4%)。

さらに、ハラスメント対策が機能している職場(よくあてはまる)と、そうでない職場(全くあてはまらない)を比較したとき、従業員の「自分が成長している実感がある」という割合の差にも、非常に顕著な傾向が示されています。

組織が「ハラスメントを容認しない」という姿勢を明確にし、具体的な対策(ルールや窓口)を整備していること自体が、従業員一人ひとりの精神的なレジリエンスや成長意欲を劇的に高める強力な土壌になっている。
この相関関係は、組織運営において決して見過ごせない事実のように思えてなりません。

事例で見るハラスメント対策が生む「2つの職場」の決定的な違い

では、なぜ、職場のルールや制度が整っているだけで、個人の立ち直る力がこれほどまで変化するのでしょうか。
このメカニズムを、事例をもとに、社会心理学の2つの視点からひも解いてみたいと思います。

 

■対策が形骸化し、「安全」のない職場

あるIT企業の営業チームでは、明確なハラスメント防止ルールや機能する窓口がありませんでした。
ここでは、上司が部下に対して「なぜ達成できないんだ」「やる気がないなら辞めろ」といった、人格否定を伴う理不尽な叱責(ハラスメント)が日常化していました。
周囲は気になりながらも「余計なことを言うと次は自分がターゲットになる」という心理(不当な報復への恐怖)が働き、黙認状態でした。

結果として、チームの互いの接し方は、腫れ物に触りあうようになり、雰囲気もギスギスした状態で、トラブルや失敗に直面したメンバーは、相談しあうことが難しく、自己防衛に脳の認知資源を使い果たし、次々にメンタルダウンや離職へ追い込まれていきました。

これが、回復力わずか31.8%の職場のリアルな縮図です。

 

■ハラスメント対策が機能し、「真の心理的安全性」がある職場

一方で、ハラスメント対策を経営インフラとして機能させている製造業のチームでは、全く異なる光景が見られます。
この職場では、組織が「人格否定や理不尽な攻撃は、ルールとして絶対に許さない」という防壁を明示し、それが実践されています。メンバーは「ここでは適切に本音を伝えても、人間性を否定されるような報復は起きない」という安心感(予測可能性)を持って、自分の思いや考えを伝え合います。

大きな納期遅延のトラブルが発生した時も、チーム内ではすぐに対処すべきことがその場で忌憚なく話し合われ、早期に対応ができました。その後のふりかえりでも、課題点やこうしていこうという今後の対策が交わされました。
耳の痛い指摘もありましたが、その根底に「相手への信頼・敬意・共通のゴール」があることを互いに理解しあい(し合おうと努め)、助け合う声かけも起きました。一時的に落ち込んだ担当者も立ち直りが早かったことが印象的でした。

これこそが、回復力79.1%を叩き出す職場の姿と言えます。

なぜ「安全」があると人は打たれ強くなるのか

上記の事例が示すメカニズムを、社会心理学の2つの視点からさらに紐解いてみましょう。

 

1.「予測可能性」がもたらす、真の心理的安全性

ビジネスの世界において「心理的安全性」という言葉が定着して久しいですが、これは単に「お互いに優しく、アットホームな職場」を意味するのではありません。

本来の心理的安全性とは、組織への確かな信頼(Trust)と、メンバー間の「背景の理解」によって成り立つ動的な関係性です。お互いの人間性や文脈を深く理解し合えている中で、時には耳の痛いことを伝え合ったり、本音の議論をぶつけ合ったりすることができる。そして、その根底にある「相手への信頼・敬意・共通のゴール」等があるからこそ、感情的に萎縮することなく、その言葉を真っ直ぐに受け止めあい、建設的な対話へと昇華できる、そんな場です。

組織が毅然としたハラスメント対策を明示し、機能させることの本質は、従業員を過保護に囲い込むことではありません。理不尽な攻撃や尊厳を傷つける不当な暴力を、ルールによってしっかり排除することで、安心の防壁(インフラ)を得ることにあります。

この強固なインフラがあるからこそ、メンバーは無駄な予期不安に怯える必要がなくなり、失敗を恐れずに新しい業務や厳しい議論へ挑戦することができます。仮に衝突して一時的に落ち込むような事態に直面しても、仲間とのつながりを信じて、次の行動へと速やかに立ち直る(行動継続)ための心理的エネルギーを高い水準で維持できる、という考え方です。

 

2.孤立を防ぐ「社会的支援(ソーシャル・サポート)」のネットワーク

心理学において、個人のストレスを軽減し、メンタルヘルスを守る最大の保護因子とされているのが「社会的支援」です。

これには、

・話を聴いて共感してくれる「情緒的サポート」
・トラブルの際に実質的に身を守ってくれるシステムなどの「道具的サポート」

の2つがあります。

ハラスメント対策が整っている職場というのは、単に問題を起こした人間を処罰する空間ではなく、「何かあれば確実に自分をサポートしてくれるネットワーク(相談窓口や人事の毅然とした対応)が可視化されている空間」です。従業員が「自分は決して孤立していない、組織に守られている」という認識を持てるからこそ、逆境を跳ね返すためのレジリエンスが駆動します。

「攻めの投資」に変えるための、人事が明日からできる2つの具体策

では、企業が自社を「安全で回復力の高い職場」へと変革していくためには、具体的にどのような対策を講じればよいのでしょうか。明日から着手できる2つのアプローチを提案します。

 

1.相談窓口を「事後処理」から「伴走型支援(道具的サポート)」へシフトする

従来の相談窓口は、ハラスメントが起きた後に「白黒ハッキリつけて加害者を処罰する」という裁判所のような場所になりがちでした。これでは行為者とされた人は「大きなショックを受ける」、場合によっては「行為を受けた側が報復を恐れて職場に出てこれない」「その後は誰にも相談できない」こうしたケースも少なくありません。

ですから、「深刻化する前に、職場環境の違和感を気軽に相談でき、人事と産業医、本人が一緒になって環境改善の解決策を探るチーム」へと役割を再定義する、という提案です。
窓口が「自分を守ってくれる確実な味方」として認識されるだけで、従業員のレジリエンスは劇的に向上することが期待されます。

 

2.「ぬるま湯」を脱する、対話型・対応力重視のワークショップ等の導入

単に「ハラスメントのチェックリスト」を配るような守りの研修は、もう終わりにするべきではないか、と個人的には考えています。

これからは、メンバー同士が「お互いが仕事で大切にしている価値観(背景)」を共有し、その上で「相手の尊厳を傷つけずに、言うべき意見や耳の痛いフィードバックを適切に伝える(アサーティブ・コミュニケーション)」ためのロールプレイングを中心とした対話力を訓練し、関係の中で仕事をする「対応力」を学び職場に浸透させていく必要があるのではないでしょうか。これは、行為者にも、です。

ルールという防壁があるとともに、健全に関わりあうスキルを学び身につけ、職場に浸透させていくことこそが、真の心理的安全性を作ります。

ハラスメント対策は能力を解放する「攻めの経営インフラ」

これまでの多くの組織において、ハラスメント対策は、法的リスクを回避するための「事後対処」や「守りのコスト」として捉えられがちでした。

 

しかし、以前、当協会主催のウェビナー(https://youtu.be/JeJAMTpO0Fw?si=x_dKMyj0ezWiWFis)でもお話ししたことがありますし、今回のデータでも雄弁に物語っている通り、適切なハラスメント対策を講じることは必要ですが、それがハラスメントという課題に取り組む施策の全てではありません。

この課題を動かすのは、個人の「立ち直る力(回復力)」と「上を向く力(成長実感)」を最大化し、組織の持続可能性を高めるための、極めて実効性の高い「戦略的な攻めの経営インフラ」です。

社内を安全に保ち、従業員一人ひとりの尊厳が守られる「組織公正」を実現するからこそ、彼らは安心して外を向き、お客様から「感謝」をいただけるような最高のパフォーマンスを発揮できるようになります。

「感謝の循環」が自然に生まれる、品性のある組織へ。その豊かな果実を手にするための第一歩として、まずは私たちの足元にある「職場の安全」という土台を、揺るぎないものへと整えていきましょう。

 

出典・参考文献

  • 一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会(2026)「職場のハラスメントと個人・組織の諸相関調査(ハラスメント実態自主調査202601)」
  • 厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)
  • 独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)「職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメント対策に関する労使ヒアリング調査」
  • Edmondson, A. C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.
  • House, J. S. (1981). Work Stress and Social Support. Addison-Wesley.
  • Colquitt, J. A. (2001). On the dimensionality of organizational justice: A construct validation of a measure. Journal of Applied Psychology, 86(3), 386-400.

 

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【執筆者】

相談員養成講座 特任講師 平澤 知穂

 

【プロフィール】

2000年にコーチとして独⽴、研修講師として活動開始。 2つの⼤学で通算14年間⼤学⾮常勤講師を務める。 企業や⾃治体、医療法⼈などにおいてハラスメント防⽌の活動を⾏い、2022年には個⼈のハラスメント年間相談対応が 600件を超えた。厚⽣労働省の設置するハラスメント相談窓⼝や、法務省の刑事施設における矯正教育関連プログラムの ファシリテーターを経験している。

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