コラム

  • 職場のハラスメント

「自分で考えて」と「放置」の違い。孤立を生まない育成とは

現代の職場において、「自律型人材の育成」は喫緊の課題と言えます。
指示を待つだけでなく、自ら課題を発見し、解決策を提示できる部下を育てたい。そう願う上司や育成担当者は多いのではないでしょうか。

一方「育成される側」からはこんな声も聞こえてきます。
「『自分で考えて』と言われたが、何を基準に考えればいいのか分からない」
「相談に行っても『まずは自分で案を持ってきて』と突き放され、結局一人で抱え込んでしまった」

 

これらは、良かれと思った「自律の促し」が、実態として「放置」にすり替わってしまった例です。
放置から生まれる孤立感はメンタルヘルスの不調や、パワーハラスメント(放置型パワハラ・指導放棄)の問題へと発展しかねません。

本コラムでは、育成担当者が押さえておくべき「適切な裁量」と「無責任な放置」の境界線、そして孤立を生まない育成のメソッドについて解説します。

 

「自分で考えて」と「放置」の決定的な3つの違い

「任せている」つもりが「放置」になってしまうのは、なぜでしょうか。

この2つの違いを以下の3点で解説します。

 

ゴールと「型」の共有があるか

自律を促す指導: 最終的な目的(何のためにやるのか)と、最低限守るべきルール(コンプライアンスや納期、品質基準)を明確に伝えた上で、プロセスの自由度を与えます。

放置: ゴールが曖昧なまま「とりあえずやってみて」と投げ出し、後から「思っていたのと違う」とひっくり返す。これは部下にとって「出口のない迷路」を歩かされるようなものです。

 

「いつでも戻れる場所」があるか

自律を促す指導: 「行き詰まったら、この段階で一度持ってきて」と、チェックポイントを事前に設定します。心理的安全性が確保されており、部下は安心して試行錯誤できます。

放置: 相談に行くこと自体が「能力不足」と見なされるような空気感を作ってしまいます。部下は「自分で考えろと言われた手前、聞けない」と抱え込んでしまいます。

 

観察とフィードバックの有無

自律を促す指導: 上司は部下の進捗を「見守り」ます。言葉をかけずとも、状況を把握し、脱線しそうな時に適切な問いかけ(コーチング)を行います。

放置: 部下に興味がない状態。結果が出るまで無関心で、失敗した時だけ責任を問う。これは育成ではなく、単なる「丸投げ」です。

 

 

なぜ「放置」はハラスメント化するのか

ハラスメント防止の観点で注意すべきは、過度な「突き放し」がハラスメントのリスクをはらんでいる点です。

厚生労働省の定義するパワハラの類型には、「人間関係からの切り離し」や「過大な要求」が含まれます。

十分な教育を行わず、遂行不可能な業務を丸投げし、孤立させる行為は、たとえ上司に悪気がなくとも「指導の放棄」と見なされる可能性があります。

特に、若手社員や中途採用直後の社員に対して「まずは自分で考えて」を連発することは危険です。

背景知識や経験が不足している状態での「自走」の強要は、教育的配慮を欠いた「精神的な攻撃」として機能してしまうからです。

 

孤立を生まない育成の3ステップ、ティーチングからコーチングへ

自律を促しつつ孤立させないためには、部下の習熟度に応じたグラデーションのある関わりが必要です。

 

ステップ1:土台を作る「構造化されたティーチング」

「自分で考える」ためには、考えるための材料(知識・経験・判断基準)が必要です。

過去の類似事例の共有や自社の優先順位(スピード優先か、質優先か)の明示 、まずはこれらをしっかりと「教える」ことで、思考の土台を築きます。

 

ステップ2:思考をガイドする「限定的な選択」

いきなり白紙の状態から考えさせるのではなく、「A案とB案、どちらが良いと思う?」といった選択肢の提示から始めます。

「なぜそう思うのか」という理由をセットで問うことで、思考の訓練を積ませます。

 

ステップ3:見守りの中での「コーチング」

部下が自分で進められるようになった段階でも、放置はしません。

「順調?」や「困ったことがあれば言ってね」という声かけではなく、「今の時点で、一番の懸念点は何?」といった、思考を深める問いかけを定期的に行います。

 

ハラスメント防止担当者が現場に伝える「伴走型自律支援」

現場の上司たちに、「任せる=何もしない」ではないことを理解してもらう必要があります。

キーワードは「伴走(パートナーシップ)」です。

先述した「孤立を生まない育成の3ステップ」を抑えつつ以下の実践を促してみましょう。


1on1の質を変える

週に一度、あるいは隔週での1on1において、進捗確認(管理)だけでなく、「何に悩んでいるか」「どういう視点が足りないと感じているか」という内省を促す時間を設けるよう推奨する


「失敗の許容範囲」を明文化する

部下が「自分で考える」ことを怖がる最大の理由は失敗への恐怖です。

「ここまでの範囲なら失敗してもリカバーできるから、思い切ってやってみてほしい」というセーフティネットの提示が、自律を生みます。

上記の他にも、組織に適した伴走支援を考え、実践してみましょう。

 

 

おわりに:自律とは「関係性の中」で育つもの

「自分で考えて動ける人になってほしい」という願いは、組織にとって正しいものです。しかし、自律は決して「孤立」の中から生まれるものではありません。

上司との信頼関係という安全基地があるからこそ、部下は未知の領域に踏み出し、自ら考える勇気を持つことができます。

「自分で考えて」という言葉を、突き放しのサインではなく、期待と信頼のメッセージとして届けるために。

現場の「見守る力」の底上げを支援し、放置による孤立を防ぐことは、ハラスメントのリスクマネジメントであると同時に、最強の組織を作るための最短ルートとなるでしょう。

 

 

 

 

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【執筆者】

代表理事 金井絵理

【プロフィール】

2021年に一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会を設立し代表理事に就任。「ハラスメントを解消し品性のある組織つくりを目指す」を理念としている。上場企業や自治体などで職場のハラスメント対策研修を行い、現在はハラスメント対策研修ができる講師の養成や、ハラスメント相談員の養成に注力している。

精神保健福祉士/日本キャリアデザイン学会 正会員/国立大学法人小樽商科大学商学部企業法学科卒業/早稲田大学大学院 経営管理研究科 人材・組織マネジメント モジュール卒業(MBA)

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