株式会社フジスポーツクラブ
ハラスメントを防ぐ指導を「仕組み」に――フジスポーツクラブが実践する「プラチナ指導」
子どもたちへのスポーツ指導では、技術を教えることだけでなく、どのように声をかけ、成長を支えていくかが重要です。一方で、熱心な指導とハラスメントの境界が分かりにくくなる場面もあります。
千葉県を中心に体操教室を展開するフジスポーツクラブでは、こうした課題に向き合い、「プラチナ指導」という考え方のもと、威圧や恐怖に頼らない指導を実践しています。
宮下社長に、ハラスメント防止に取り組んだ背景や、子どもたちとの向き合い方、そして指導者個人の意識だけに頼らない仕組みづくりについて伺いました。
ハラスメント防止に取り組んだきっかけ
――ハラスメント防止に取り組むようになったきっかけを教えてください。
宮下社長:最初のきっかけは、我が子がスポーツクラブでいじめを経験したことです。その際に、周囲の大人が適切な介入をせず問題をうやむやにしました。
実はこのクラブだけではなく、当時の体操教室は、子どもに対する暴言や暴力は珍しくなく、事業継承した直後の自社内も他人事ではないと気付いたのです。
子どもたちがそうした環境で教育を受け続ければ、自ら考え、行動することが苦手な大人が増えてしまうのではないか。そうしたことが次の世代、ひいては社会全体にも影響するのではないかという危機感も覚えました。
だからこそ、自分にできることをしようと考え、現在もスポーツ指導の現場におけるハラスメントの撲滅と、子どもたちに対する真に効果的な教育を実現することを目標に活動しています。
(写真 講演する宮下社長)
「ハラスメントをしない」と「何も言わない」は違う
――「プラチナ指導」とは、どのような考え方なのでしょうか。
宮下社長:一言で言えば、威圧や恐怖を使わずに、相手の成長につながる指導をすることです。ただ、「ハラスメントをしない」ということを「何も言わない」と捉えてはいけないと思っています。「怒らなければいい」「子どもを叱らなければいい」「競争を避けて、楽しさだけを追求すればいい」と考えてしまうと、本来伝えるべきことまで伝えないことになってしまいます。
私たちが大切にしているのは、「正しいことは、必ず勇気をもって伝える」ということです。
もちろん、怒ったり威圧したりするという意味ではありません。威圧によって相手を動かすのではなく、なぜそれが必要なのかを説明し、相手の成長につなげていく。これがプラチナ指導の柱です。
怖さを感じる子どもにも、段階を踏んで向き合う
――新しい技に挑戦することを怖がる子どもには、どのように指導していますか。
宮下社長:体操の技術は、必ず基礎の積み重ねによって成り立っています。いきなり難しい技に挑戦させるのではなく、まずは必要な基礎を積み重ねていきます。
技を分解し、力学的にも正しい方法を伝えながら、基礎練習に取り組んでもらう。その先に成功があります。
怖がっている子どもに「行け!」「がんばれ!」と言って無理にやらせても、それは技術ではなく、度胸を試しているだけです。
大切なのは、怖さを払しょくするためのイメージや考え方を伝えること。そして、成功までの道のりそのものを人間的な成長につなげていくことです。
「個人の意識」に任せない仕組みづくり
――指導者によって「指導」と「ハラスメント」の捉え方が違ってしまうことはありませんか。
宮下社長:だからこそ、個人の自主性や感覚だけに任せないことが大切だと考えています。
私たちは、過去の事例を踏襲しながらマニュアル化・ルール化し、全従業員が同じレベルで守れるように仕組みをつくっています。
もちろん、ルールを作って終わりではありません。万が一、ルールの隙間から新たな問題行動が出てきた場合には、それを制御するための新しいルールをつくり、更新していく。そうした仕組みにしています。
組織として動くことを重要視しているため、問題が起きた場合には責任者から報告を受け、その後の対応につなげられるようにもしています。
指導者一人ひとりの判断だけで、子どもたちのための良いサービスや良い教育を実現するのは難しい。組織として同じ方向を向いて取り組むことが重要だと考えています。
(画像 株式会社フジスポーツクラブ 労働ルールブックより)
外部研修を取り入れ、指導を見直す
――外部研修も実施されているそうですね。
宮下社長:はい。ハラスメントについては、外部の専門的な研修も取り入れています。
先日行った研修は、元小学校教諭で、一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会の認定講師の方に担当していただきました。学校教育の現場を経験しているからこそ、子どもとの関わり方についても具体的に考えることができました。
研修を受けて終わりではなく、その後の行動につなげることも大切です。
仕組みだけでなく、指導者の行動も変わる
――こうした取り組みを進めるなかで、指導者の行動には変化がありましたか。
宮下社長:子どもとの関係において、以前よりも馴れ馴れしさや友達感覚が減ったように思います。
「子どもと仲良くする」ということだけではなく、自分は指導者という仕事をしているのだと割り切って接するようになったのではないでしょうか。子どもとの距離感を適切に保ちながら、指導者として何を伝えるべきなのかを考える。そうした意識が少しずつ根付いてきたと感じています。
ハラスメント対策は、ルールをつくるだけでは十分ではありません。ルールを実際の行動につなげ、日々の指導の中で実践していくことが大切です。
「指導の萎縮」ではなく、「教育とは何か」を考える
――最後に、ハラスメント対策によって「指導することをためらってしまうのではないか」と感じている方に、メッセージをお願いします。
宮下社長:ハラスメント対策をすると、「何か言ったらハラスメントと言われるのではないか」「厄介なことに巻き込まれるから、何もしないのが一番だ」と考えてしまう指導者もいるのではないかと思います。でも、それでは本当の教育にはなりません。
ハラスメントとは何かを学ぶと同時に、「教育とは何か」を考える必要があると思います。ハラスメント対策を学んでも、クレームを避けるためのテクニックだけを身につけてしまえば、間違った教育をする人が減ることにはつながりません。
子どもたちのためになる教育とは何かを理解し、実践する。そのうえでハラスメントについての知識も持っていれば、指導の萎縮にはつながらないのではないでしょうか。
私たちが今のところ確信を持って進めているのが、「プラチナ指導」です。
大切なのは、ハラスメントを避けることだけではありません。子どもたちにとって何が必要なのかを考え、正しいことを勇気をもって伝える。そのために、どう伝えるのかを考えることだと思います。
取材を終えて
今回の取材で印象に残ったのは、ハラスメント対策を単に「してはいけないことをなくす取り組み」として捉えていない点です。威圧や恐怖を使わず、必要なことはきちんと伝える。その背景には、「ハラスメントをなくすには、まず教育とは何かを考える必要がある」という宮下社長の考えがあります。
これはスポーツに限った話ではありません。職場でも、相手を尊重しながら、言うべきことはきちんと伝えることが大切。子どもたちの成長を考えた指導のあり方は、大人の世界にも通じるのではないでしょうか。
(聞き手:日本ハラスメントリスク管理協会 金井唯、インタビュー日2026年9月11日)
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