コラム
- その他
- 各種ハラスメント
- 職場のハラスメント
「配慮」という名の排除~ホワイトハラスメントの構造と実務的処方箋~
職場におけるハラスメント対策は、いまや「厳罰化」や「禁止事項の周知」という段階を超え、
より微細で複雑な心理的力学への理解が求められる時代に突入しています。
かつてパワーハラスメントと言えば「熱」による攻撃であったと言えるでしょう。
現在、組織で徐々に表れ始めているのは、一見すると善意に満ちた「冷たい優しさ」にも思えます。
いわゆる「ホワイトハラスメント」。
この言葉が示唆するのは、悪意のない「配慮」が相手の成長機会やキャリアを奪い、
結果として組織の活力を削ぐという逆説的な現象です。
組織でハラスメント問題を取り扱う人事、法務、コンプライアンス担当等の皆さまは、
この「見えないハラスメント」にどう向き合えばよいのでしょうか。
「配慮」が「疎外」に転じるメカニズム
なぜ、良かれと思ってなされた配慮が、受け手にとっての「苦痛」や「攻撃」へと変質するのか。
そこには、行為者側の「認知の歪み」と、受け手側の「自己効力感の毀損」という二つの問題が
潜んでいます。
行為者の心理:アンコンシャス・バイアスと「慈悲的差別」
多くの場合、過度な配慮の根底には、性別、年齢、属性に対する無意識の偏見
(アンコンシャス・バイアス)が存在します。心理学ではこれを「慈悲的差別」と呼びます。
「女性だから夜遅い交渉は避けるべきだ」
「育児中だから責任ある仕事は酷だ」
という思考は、一見、保護的な優しさに見えます。
しかしその実態は、「相手は弱く、自分より能力や耐性が劣る存在である」という、
ステレオタイプに基づく「格付け」ではないでしょうか。
この「格付け」に基づいた意思決定は、相手をプロフェッショナルとしてではなく、
「守るべき対象(非力な存在)」として定義してしまうのです。
受け手の心理:キャリアに対する「見えない壁」の構築
配慮の名の下に重要なプロジェクトから外される、あるいは情報共有の場から遠ざけられる。
これらは、受け手にとって「戦力外通告」と同義のメッセージとして響きます。
・アイデンティティの危機
専門職としてのプライドが傷つき、自己肯定感が低下します。
・キャリアの機会損失
経験の蓄積が止まり、同期との間に「スキルの差」が生じることへの強烈な焦燥感を生みます。
・心理的安全性の崩壊
「何も言わせてもらえないまま、勝手に物事が決められている」という感覚は、
組織に対する不信感へと繋がります。
実例に見る「良かれ」の罠:構造的排除
ハラスメント防止担当者が現場をモニタリングする際、以下の3つのケースは特に要注意です。
ケース1:ライフイベントに対する「先回り型」の配慮
育児や介護に直面している社員に対し、本人の意向を確認せずに「大変だろうから」と
ルーチンワークのみを割り当てるケースです。
これは、本人が持つ「制約がある中でも成果を出したい」という意欲を無視した、
パターナリズム(父権的保護主義)の典型です。
結果として、マミートラック(またはケアトラック)に押し込み、その社員の将来的な
昇進の道を絶ってしまうことになります。
ケース2:体調配慮という名の塩漬け
病気療養明けの社員に対し、安全配慮義務を過剰に意識するあまり、いつまでも負荷を
上げないケースです。産業医の意見や就業制限を「解除」するタイミングを失い、
本人の回復具合と業務負荷が乖離したまま固定化されます。
本人は「いつまでもリハビリ扱いをされている」と感じ、職場復帰への意欲が減退します。
ケース3:属性バイアスによる「安全域」への囲い込み
「若手にはまだ早い」「この現場は女性には厳しい」といった判断です。
困難な状況を乗り越えることで得られる「修羅場の経験」は、人材育成における最大の糧です。
その機会を奪うことは、一見すると安全を確保しているようですが、長期的な視点ではその社員の
「市場価値」を毀損しているとも言えるでしょう。
組織に及ぼす二次被害:周囲の不満と組織の機能不全
ホワイトハラスメントが厄介なのは、ターゲットとなった本人だけでなく、
周囲のメンバーや組織全体にまで影響がある点です。
・「不公平感」の蔓延
特定の個人を過度に保護することで、その分の業務負荷が他のメンバーに転嫁されます。
これが「なぜあの人だけが守られるのか」という逆差別の感情を生み、チームの連帯感を
内側から崩していきます。
・フィードバックの欠如
「傷つけてはいけない」という意識が強すぎると、必要な指導や耳の痛いフィードバックが
なされなくなります。これにより、組織全体の基準(スタンダード)が低下し、学習しない
組織へと変貌します。
管理職がアップデートすべき「配慮」の原則
ハラスメント防止担当者は、現場の管理職に対し、以下の「マインドセットの転換」を促す必要があります。
・「推測」を「対話」に置き換える
「大変だろうから」という主観を捨て、「現在の状況において、どのような貢献をしたいか」を
直接問うこと。状況把握と意向確認を分離したコミュニケーションが不可欠です。
・期待をベースにしたジョブアサイン
「制約があるから配慮する」のではなく、「この役割を全うしてもらうために、どのような調整が必要か」
という順序で考えます。あくまでも「成果への期待」が先であり、配慮はそのための手段に過ぎません。
・時限的措置と定期的な見なおし
配慮は固定化されたものではなく、流動的なものです。
「まずは3ヶ月間、この体制で様子を見よう。その後に業務範囲の拡大を再検討しよう」といった、
段階的な復帰・挑戦のロードマップを合意形成することが重要です。
プロフェッショナルとしての敬意を取り戻す
本当の思いやりとは、相手を安全な鳥かごの中に閉じ込めることではありません。
相手が困難に立ち向かう際に、その背中を支え、障害を取り除くサポートをすることです。
「配慮」という言葉が、実は「向き合うことからの逃避」になっていないか。
部下を「配慮が必要な弱者」として見ていないか。
私たちは今一度、部下一人ひとりを対等なプロフェッショナルとして尊重できているかを
問い直さなければなりません。
————————————————————————————————–
【執筆者】
代表理事 金井絵理
【プロフィール】
2021年に一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会を設立し代表理事に就任。「ハラスメントを解消し品性のある組織つくりを目指す」を理念としている。上場企業や自治体などで職場のハラスメント対策研修を行い、現在はハラスメント対策研修ができる講師の養成や、ハラスメント相談員の養成に注力している。
精神保健福祉士/日本キャリアデザイン学会 正会員/国立大学法人小樽商科大学商学部企業法学科卒業/早稲田大学大学院 経営管理研究科 人材・組織マネジメント モジュール卒業(MBA)
お問い合わせ
個別研修を行いたい、社内規定を改定したいなどのご相談・執筆依頼・その他
こちらからお問い合わせください。