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「ベネヴォレント(慈悲的)ハラスメント」の罠~良かれと思った配慮が成長を阻害するリスク~

ハラスメント対策の「新たな死角」

近年、企業のハラスメント対策は大きく前進しました。
法整備の進展とともに大きな成熟期を迎えているといっても良いかもしれません。

2020年(令和2年)6月の大企業への義務化に始まり、2022年(令和4年)4月には中小企業にも拡大された「パワハラ防止法(労働施策総合推進法)」の施行により、職場から露骨な罵声や性的な言動は影を潜めつつあります。

厚生労働省の公表では、ハラスメント全体では高止まりしている状態ですが、最新の令和5年度調査において、過去3年間でセクハラ相談件数が「減少している」と答えた企業の割合は「増加している」
を上回り、労働者の被害経験も前回の令和2年度調査より減少に転じていました。

露骨でわかりやすいハラスメントが表に出にくくなってきたこと自体は、対策の成果として誰もが受け止めているのではないでしょうか。

(参考:厚生労働省「労働施策総合推進法の改正(パワーハラスメント防止対策義務化)について」「職場におけるハラスメントの防止のために」「職場におけるハラスメント対策パンフレット」)

しかし、ここで安心しきれないのが実務の難しいところで、コンプライアンス意識が高まる一方、
組織心理の深層には新たな「死角」が生まれています。
表立った言動が減る一方で、別の形の「見えにくい影響」が残るのは、変革期によく起こることでは
ありますが、今回取り扱うテーマはまさに、そうして残った「見えにくい影響」の話です。

それが、「善意によるハラスメント」です。
「優しさの仮面」を被った行為に関する問題、と表現しても良いかもしれません。
周囲も本人も防衛的な反応を表面に出しにくいのが特徴で、「見えない壁」として立ちはだかります。

「ベネヴォレント(慈悲的)ハラスメント」の定義と構造

今回のテーマは、「ベネヴォレント・ハラスメント(慈悲的ハラスメント)」です。
これは社会心理学の概念である「ベネヴォレント・セクシズム(慈悲的性差別)」を背景としたハラスメントを指します。

ここで分類について正確に整理しておくと、ジェンダー(社会的・文化的な性別)に基づく不平等や機会の制限などは、実務上の構造としては「パワーハラスメント」に分類されます。
一方で、その言動の中にセクシャリティ(性的)な要素が含まれる場合には、「セクシュアルハラスメント」として取り扱われます。

つまり、性的な意図の有無にかかわらず、「良かれと思った配慮」が相手の尊厳や成長機会を損なう「優越的な関係を背景とした不適切な介入(パワハラ)」になり得るという点が、この問題の本質なのです。

「善意」が招く機会の損失

さて「ベネヴォレント・ハラスメント」は法令上の正式名称ではありません。

研究でいうベネヴォレント・セクシズム(慈悲的・保護的な性差別)の考え方を、職場の性差別的な関わりとして実務上わかりやすく表した呼び方です。(King, E. B., Botsford Morgan, W., Hebl, M. R., & Peddie, C. I. ,2012)

具体的には「悪意はない」「むしろ気づかっている」という形をとりながら、結果として役割の固定化や機会の制限を招く関わりを指しています。

たとえば、以下のような場面を思い浮かべてみてください。

「育児中だから出張は外しておこう」
「女性にはこの交渉はきついだろう」
「夜の会食は負担だろうから別の人に任せよう」

発言者には、相手を傷つけようとする意図はほとんどありません。
むしろ、守ろうとしているという気持ちが大きいのではないでしょうか。
けれども、本人の意思を置き去りにしたまま判断が進むと、挑戦の機会、経験の蓄積、周囲からの期待といった、成長に必要な資源が静かに奪われていきます。

あからさまな言動ではないため、言われた側もその場で反論しにくく、周囲も「配慮なのだから問題ない」と見過ごしやすい。

この「本人の意向と周囲の配慮の間にあるズレが表面化しにくい構造」こそが、このハラスメントのもっとも厄介なところなのだとわたしは思います。

 

なぜ現場で起きやすく、気づきにくいのか

現場において、なぜこの「配慮」が蔓延するのでしょうか。

その理論的背景には、グリックとフィスク(Glick & Fiske, 1996)が提唱した「両価的セクシズム(Ambivalent Sexism)」があります 。
彼らは、女性に対する偏見には「露骨に見下す敵対的な側面」だけでなく、「大切に守るべき存在とみなす慈悲的な側面」も表裏一体で存在すると指摘しました 。

後者は表面上はポジティブに見えるため、差別として認識されにくいのですが、実は女性を「有能な対等な働き手」ではなく「保護される側」に置きやすい点で、結局は不平等を支える働きを持ってしまいがちです。
近年の研究レビューでも、こうした ベネヴォレント・セクシズム(benevolent sexism) は、露骨な差別より異議を唱えにくく、結果的に職場の公平性を静かに損なうと整理されています。

また、人事・総務・コンプライアンス部の方に特に意識していただきたい重要なことは、「気をつけていない人」よりも、むしろ「相手を思う、その優しさがあるからこそ、陥ってしまう罠なのです。

・乱暴な言い方をしない
・相手を困らせたくない
・負担をかけたくない

そうした姿勢そのものはもちろん推奨したいことです。
ただ、それが「本人の意思」よりも「周囲の思い込み」が優先された瞬間に、配慮や支援ではなく「制限」に変わることも実際のケースでは多くみられます。

そこには、個人の性格だけでなく、場の力学も関わっているように観察できます。
例えば、
忙しい現場では、上司が先回りして決めたほうが早い。
本人も「気をつかってもらった」と受け取り、その場では波風が立たない。
というケースを思い浮かべてみて下さい。問題が見えにくくなっていくのです

(参考:内閣府男女共同参画局「令和4年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」等)

 

こうした状態が長期化することの職場への影響は軽くありません。
挑戦的な仕事が回らなければ、経験値は積み上がりませんし、期待されていないという無言のメッセージは、本人の自己効力感やキャリア意欲を下げます。

実際、職場におけるベネヴォレント・セクシズムを扱った研究では、女性のほうが「同程度に支援を受けていても、より挑戦度の低い経験に置かれやすい」ことが示されています。King, E. B., et al. (2012)

企業にとっても、せっかく採用・育成した人材の力を、悪意ではなく“善意”で眠らせてしまうわけですから、人的資本の損失と言わざるを得ません。

 

**参考**

※無自覚な「思い込み」チェック

□「負担だろう」「無理だろう」と勝手に推測して、仕事を外していないか?

□良かれと思った配慮について、本人の意向を直接確認したか?

□「〇〇だからこうあるべき」という自分の価値観を押し付けていないか?

組織に求められるアクション:現場の力学を変える

では、何を見直せばよいのでしょうか。
私は、禁止事項をわかりやすく具体的にすることも推奨していますが、それ以上に、「意思確認の質」と「場の見立て」を整えることを大切だと、研修やコンサルテーションの現場でお伝えします。

第一に、相談窓口や1to1で拾う声を、「ひどいことを言われた」という明確な被害だけでなく、「配慮してくれたのは分かるけど、なんとなく納得がいかない」という小さな違和感にまで広げることです。
厚生労働省の指針でも、相談に応じる体制整備、プライバシー保護、不利益取扱いの禁止は重要な措置として示されています。
「配慮されたが、望んでいたわけではない」という声も出してよいのだと明示するだけで、相談しやすくなります。
また、現場でも共通認識が持ててくるでしょう。

第二に、業務アサインの前に、本人の希望と負担感を確認することです。「大丈夫?」ではなく、「やってみたいですか」「どんな支援があれば担えそうですか」と尋ねるほうが、相手を対等な戦力として扱う対話になります。

第三に、管理職研修では個人のバイアス(偏見)を指摘するだけで終わらせず、場の力学まで扱うことです。
“場の力学”とは、チーム内で誰が意思決定を握っているか、誰の声がスルーされやすいか、『良かれと思ってやっていることには反対しにくい』という同調圧力、といった、職場の見えない空気や力関係のことです。

(参考:「厚生労働省. 事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」)

行動変容が比較的進みやすいハラスメント

今回のテーマであるベネヴォレント・ハラスメントは、実のところ他のハラスメント論点より、当人の行動変化につながりやすい面があります。なぜなら、悪意を前提にしないため、防御的になりにくいからです。

「自分は加害者ではない」と身構えるより、「自分の関わり方を少し見直してみよう」と考えやすい点にあります。
そして、実務としては、ここに大きな価値があると思っています。

令和7年改正法により2026年10月までに施行予定のカスタマーハラスメント対策と求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策も義務化されます。いま求められているのは、単に露骨な言動をなくす
ことではなく、立場の弱い人の尊厳と可能性をどう守るか、という視点のようにも思えます。

ベネヴォレント・ハラスメントへの目配りは、そのためのよい訓練になるのではないでしょうか

(参考:厚生労働省「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第63号)」)

職場の心理的安全性向上に向けて

真の配慮とは、相手を安全な場所に囲い込むことではなく、相手の意思と成長可能性を信じて、必要な支えを一緒に考えること。

人事・総務・コンプライアンス部のみなさまには、ぜひ「配慮しているつもり」が誰かの未来を狭めていないか、そんな視点も持ちながら社内の心理的な安全性に配慮をしていただければ嬉しいです。
今の時代は特に、居心地のよさだけでなく、挑戦できる余白まで守れる組織が、結果として強いのだろうと思うのです。

 

 

■参考・出典文献
Glick, P., & Fiske, S. T. (1996). The Ambivalent Sexism Inventory: Differentiating Hostile and Benevolent Sexism. Journal of Personality and Social Psychology, 70(3), 491–512
Glick, P., & Fiske, S. T. (1997). Hostile and benevolent sexism: Measuring ambivalent sexist attitudes toward women. Psychology of Women Quarterly, 21(1), 119–135
King, E. B., Botsford Morgan, W., Hebl, M. R., & Peddie, C. I. (2012). Benevolent sexism at work: Gender differences in the distribution of challenging developmental experiences. Journal of Management, 38(6), 1835–1866
厚生労働省. 労働施策総合推進法の改正(パワーハラスメント防止対策義務化)について
厚生労働省. 職場におけるハラスメントの防止のために
厚生労働省. 職場におけるハラスメント対策の実施は企業の義務です!
厚生労働省. 事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
厚生労働省. 令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について

 

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【執筆者】

相談員養成講座 特任講師 平澤 知穂

 

【プロフィール】

2000年にコーチとして独⽴、研修講師として活動開始。 2つの⼤学で通算14年間⼤学⾮常勤講師を務める。 企業や⾃治体、医療法⼈などにおいてハラスメント防⽌の活動を⾏い、2022年には個⼈のハラスメント年間相談対応が 600件を超えた。厚⽣労働省の設置するハラスメント相談窓⼝や、法務省の刑事施設における矯正教育関連プログラムの ファシリテーターを経験している。

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