コラム

  • 相談

受け手について考える

「ちゃんと伝えたのに、全然わかってくれていなかった」
 
そんな経験、誰しも一度はあるのではないでしょうか。
相談対応の場でも、こうした“行き違い”は珍しくありません。
 
「私は否定したつもりはないのに、責められたと感じたと言われた」
「アドバイスのつもりだったけれど、命令されたと受け取られていた」
 
これらは「ミスコミュニケーション」と呼ばれる現象です。
つまり、言葉自体はやりとりされていても、相手に届いている「意味」がずれてしまう状態です。

これは、単なる言葉の選び方だけでなく、「その人が置かれている状況」や「その時の心の状態」に
大きく影響を受けます。

相談を受ける側がこのことを意識していないと、思いがけず相談者を深く傷つけてしまうこともあるのです。
 
これは、私たちが扱っている言語は、そもそも抽象的なものであることを意味しています。
どんなに具体的な内容を交わしていたとしても、言葉は目に見えない抽象的な存在なのです。
その性質から、発信した情報が相手に届く間に解釈が介在し、意味の変化が起きます。

 

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1.同じ情報を受け取っても、受け手の状態によって異なった意味や価値をもつ

ある上司のセリフを、部下によって受け取り方が違う例を見てみましょう。
 
上司「同じ間違いを何度もしてはいけない。以後、気をつけるように」
 
こう言われた部下Aさんは、日頃から上司とよく話をし、アドバイスをもらいながら信頼関係が築けていました。
そして、上司のセリフを「そうか、次から気をつけよう」と受け取りました。
 
一方、同じ言葉を受けた部下Bさんは、着任してまだ日が浅く、上司とほとんど話をしたこともない関係性で言われたことから、いきなり突き放されたように感じました。
そして、深く落ち込んでしまいました。

同じ言葉でも、受け取り方は受けての状態によってまったく違ってきます。

それは、両者の関係性や受け手が持つ経験などの“背景”が“心理的な距離感”に影響しているからです。
 
たとえば、下記イラストを見てください。

(左)朝、同じテレビ番組で天気予報を見ていた二人の会社員は、「今日は10時から大雨になります」という情報を入手します。

(中)それを見た営業職の会社員は、お客様先に遅れてはならないと、慌てて傘を用意し「早めに出よう!」と出発の準備をしています。

(右)一方、在宅ワークのシステムエンジニアは、始業までの時間、コーヒーを飲みながら落ち着いている様子。
10時から雨だという情報に特に反応する様子はありません。
 
同じ情報でも、受け手の状況が違えば意味も違ってくる。
コミュニケーションも、現実になるのは「発信者の意図」ではなく「受け手の受け取り方」
。受けての受け取り方が、その後の現実を動かしていきます。
このイラストは、それを改めて実感させてくれます。
 
私たちは、そうしたことを理解した上で、相談にくる人の「受け取り方の問題」よりも「どういった背景があったのか」「なぜ相談に来た人がそのように感じたのか」をよく把握していくことが大事なのではないでしょうか。

これは、上司である立場の人にとっても部下指導に活かせるポイントになると思います。
まだ関係性ができていなかったり、日頃からうまくコミュニケーションが取れないと感じている部下に対してかける言葉と、しっかりとした月日とやり取りを通して関係性ができている部下にかける言葉は、意図して選ぶ必要があるのではないでしょうか。
 
これは、業務上有効な関わり方であると思います。

2.うまく言えない「違和感」にどう向き合うか

もう一つ、そもそも「言葉にならない」「言葉にならないと伝わらない」そんな状態がディスコミュニケーションと呼ばれるものです。
たとえば、相談者が「なんとなく居心地が悪い」「うまく言えないけれどモヤモヤする」と言うとき、相談員が「はっきり言ってくれないとわからない」と返してしまうことがあります。
でも、この“うまく言えない”という感覚の中に、実は重要なヒントが隠れていることも多いのです。
ディスコミュニケーションの場面では、相手の「言葉にできない気持ち」を汲もうとする姿勢がとても大切になります。
ここでもやはり、その背景を知ることがポイントになってくるでしょう。

3.相談現場で感じた「受け取り方の違い」

実際に私が関わったある事案です。
相談者は、同僚から日常的に“からかい”を受けているという訴えでした。
しかし、行為者とされる同僚は「そんなつもりはなかった。冗談のつもりだった」「本人も笑っていた」と周囲に言っていた、という事案です。
「行為者の冗談として発せられた内容」に、時に無力感や羞恥心がにじみ出てきた、と相談者は経験を話してくれました。
行為者への信頼をなくすきっかけになっていたのです。
 
このようなとき、相談員が「そんなことで?」と返してしまえば、相談者は二度と口を開かなくなってしまうかもしれません。
私は、このときに「被害の感じ方は人それぞれ」という大前提がいかに重要かを痛感しました。

4.相談を受けるときに意識したいポイント

情報の受け取り方は、人によって本当に違います。
それを「お互いさま」と捉え、常に「この人はどんな状態でこの話をしているのだろう」と把握しようとすること。また想像してみること。
これが、相談を受けるうえでの大きなヒントになるのではないかと思います。
大切なのは、言葉の奥にある“文脈”に目を向けることであると思います。
業務上でのやるとりの場面に置き換えると、職場での日頃からの信頼関係や、安心して話せる空気づくりが欠かせない、ということではないでしょうか。
 
「言った」「聞いた」だけでは測れない、コミュニケーションの奥深さ。
ハラスメント相談対応は、その本質を改めて見つめ直す機会でもあると、私は感じています。

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【執筆者】

相談員養成講座 特任講師 平澤 知穂

 

【プロフィール】

2000年にコーチとして独⽴、研修講師として活動開始。 2つの⼤学で通算14年間⼤学⾮常勤講師を務める。 企業や⾃治体、医療法⼈などにおいてハラスメント防⽌の活動を⾏い、2022年には個⼈のハラスメント年間相談対応が 600件を超えた。厚⽣労働省の設置するハラスメント相談窓⼝や、法務省の刑事施設における矯正教育関連プログラムの ファシリテーターを経験している。
 
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