コラム

  • 職場のハラスメント

職場の「ちゃん付け」何が問題?

職場におけるコミュニケーションのあり方が見直されている今、
かつて「親しみの証」のように使われていた言葉や行動が
ハラスメントリスクへと変わってきています。

その1つが、部下や同僚に対する「〇〇ちゃん」という呼び方です。

「親しみを込めているだけ」
「昔からの習慣だから問題ない」

そう考えている方も少なくありません。
一方で、この呼び方に違和感を覚えている人たちがいます。
その違和感は何なのか。
その理由を「心理的側面」と「労務・法的側面」から整理します。

なぜ「ちゃん付け」は違和感を生むのか(心理的側面)

まず押さえるべきは、「呼び方は関係性のメッセージである」という点です。
人は呼ばれ方によって、無意識に以下のような意味を受け取ります。

・対等に扱われているか
・尊重されているか
・役割を認められているか など

「ちゃん付け」は、子どもや親しい関係(家族・恋人など)に対して
使われる呼称です。
そのため職場で使われると、以下のような感じを与えます。

1) 子ども扱い・軽視のメッセージになる
本人にその意図がなくても、「一人の社会人として扱われていない」と
感じることがあります。
特に若手社員や女性に対してのみ使われる場合、「能力ではなく属性で扱われている」
という認識につながります。

2) 急に距離を縮められた感覚になる
距離感によって呼称は変わります。
お客さまには〇〇様、顔見知りの人には〇〇さん、学生からの友人には呼び捨てなど。
このお互いの距離感は合意のもと築かれ、徐々に近づいていくものですが、
一方的に「ちゃん付け」をされると、意図しない親密さを押し付けられる形になります。

3) 周囲との比較による不公平感
「自分だけちゃん付けされる」
「男性はさん付け、女性はちゃん付け」
このような差があると、性別や立場による扱いの違いとして受け止められやすくなります。

労災認定基準のひとつ(労務的側面)

厚生労働省では労働者に発病した精神障害が業務上として労災認定できるかを
判断するために心理的負荷による精神障害の認定基準を定めています。

実はこの基準において、心理的負荷の総合評価「弱」の具体例として
「〇〇ちゃんなどのセクシャルハラスメントにあたる発言をされた場合」と明記されています。

〇〇ちゃん、と呼んだからと言って、職場においてすぐに懲戒対象になる…ということは
少ないかもしれませんが、この呼び方が国としても好ましくないと判断しているということです。

裁判例が示すリスク

2025年、職場で「〇〇ちゃん」というように名前に「ちゃん」を付けて
呼んだこと等がセクハラであるとして、女性が元同僚の男性を訴え、
東京地裁が男性に22万円の慰謝料の支払いを命じた、ということがありました。

この件においては、ちゃん付け以外にも
元同僚の男性が「かわいい」「体形良いよね」と言ったり
前かがみになった女性に対して、胸元がはだけて下着が見えてしまう等の
発言もありました。

女性はそれらによって出勤前に涙が止まらなくなる等の症状が出たり、
休職に至るなどの経緯もありました。

ちゃん付け「だけ」で裁判に至ったわけではありませんが、
東京地裁は、同僚女性に対する「〇〇ちゃん」という呼称について、
「業務上の必要性がなく、社会通念上許容範囲を超える」としました。

この点に関して、裁判官は
「ちゃん付けは幼い子どもに向けたもので、業務で用いる必要はない」
「男性が親しみを込めていたとしても不快感を与えた」と指摘。
一連の発言も含め「羞恥心を与える不適切な行為だった」と判断しました。

名字+ちゃんは良いのか?

では、「名字にちゃん付け(例:田中ちゃん、佐藤ちゃん等)」であれば問題ないのでしょうか。
結論から言うと「名字であってもビジネスの場では避ける」ことが好ましいでしょう。
下の名前に「ちゃん」を付けるよりは性的ニュアンスが薄まる場合もありますが、
以下のリスクは依然として残ります。

 

・公私の混同
名字であっても「ちゃん」付けは友人関係のような馴れ合いを想起させます。
客先や外部の人間がいる場でこれが出た場合、組織としての規律やプロフェッショナリズムを疑われます。

・不公平感の醸成
「Aさんは名字に『さん』なのに、Bさんだけ名字に『ちゃん』」という状態は、
周囲に「えこひいき」や「不適切な距離感」を感じさせ、職場全体の士気を下げます。

・ハラスメントの「入り口」
呼び方の崩れは、言葉遣いの崩れ、ひいては態度の崩れにつながります。
一度「ちゃん」付けが定着すると、より深刻なハラスメント言動へのハードルが下がってしまう
「割れ窓理論」のような現象が起きやすいと言えるでしょう。

呼び方を文化として許容するか、リスクと考えるか

近年、ハラスメントに対する社会の基準は大きく変化しています。
2020年のパワハラ防止法施行以降、企業にはハラスメント対策が義務化され、
2026年には就活ハラスメントやカスタマーハラスメントの対策など
対象範囲もさらに拡大されます。

こうした中で
「昔は問題なかった」
「悪気はなかった」
という説明は、通用しにくくなっています。

「ちゃん付け」は一見、小さな問題に見えるかもしれません。
それは「呼んでいる方」の理論です。
呼び方の本質は、
相手をどう位置づけているか
どのような関係性を築こうとしているか
を示します。

職場における基本はシンプルです。
原則は「さん付け」で統一する
例外は本人の明確な同意がある場合のみ

呼び方を整えることは、「相手を尊重する組織」であることの第一歩と言えるでしょう。

 

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【執筆者】

代表理事 金井絵理

【プロフィール】

2021年に一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会を設立し代表理事に就任。「ハラスメントを解消し品性のある組織つくりを目指す」を理念としている。上場企業や自治体などで職場のハラスメント対策研修を行い、現在はハラスメント対策研修ができる講師の養成や、ハラスメント相談員の養成に注力している。

日本キャリアデザイン学会 正会員/国立大学法人小樽商科大学商学部企業法学科卒業/早稲田大学大学院 経営管理研究科 人材・組織マネジメント モジュール卒業(MBA)

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