コラム

  • 職場のハラスメント

テキストコミュニケーションに潜むハラスメントリスク ―「書き言葉」はなぜ誤解と萎縮を生むのか

働き方の多様化に伴い、メールやチャット、社内SNSなど、テキストによる
コミュニケーションが急速に増えています。
対面でのやり取りが減少する一方で、文字情報は業務の中心的手段となりました。
 
しかし近年、ハラスメント相談の中で増えつつあるのが「テキスト上の表現」
に関するものです。
発言者本人には強い悪意がないケースも少なくありません。
それでも、受け手が強い萎縮や不安を感じ、関係性が悪化する事例は確実に増えています。
今回は、テキストコミュニケーションに潜むハラスメントリスクについて整理をします。

1.対面では普通なのに、文字では厳しくなる

「直接話すと穏やかなのに、メールはなぜか怖い」
このような声は少なくありません。
対面では表情・声のトーン・間合いなどが補完的に働きます。
 
多少厳しい指摘であっても、「改善してほしい」という意図や信頼関係が伝わりやすいのです。
一方、テキストでは非言語情報が削ぎ落とされます。
短文、箇条書き、句読点の使い方、改行の有無。
些細な違いが印象を大きく左右します。
 
例えば、
「至急対応してください。」
「なぜこの確認をしていないのですか。」
「前にも言いましたよね。」
 
これらは業務指示としては不自然ではありません。
しかし、感情が補足されない文字情報は、受け手の心理状態によって「強い叱責」として
受け止められることがあります。
特に、上下関係がある場合は注意が必要です。
 
評価権限を持つ立場からの短く断定的な文面は、想像以上に威圧的に感じられることがあります。

2.表情が見えないからこそ「深読み」が起きる

テキストコミュニケーションでは、受け手が意味を補完します。
 
「怒っているのではないか」
「見放されたのではないか」
「自分の能力を否定されたのではないか」
 
こうした深読みは、必ずしも合理的ではありません。
しかし、人は曖昧な情報をネガティブに解釈しやすいという心理的傾向があります。
特に、疲労やストレスが高い状態では、その傾向は強まります。
 
上司の一言を何度も読み返し、真意を推測し続ける。返信文を何度も書き直し、
送信ボタンを押せない。
こうした状態は、業務効率の低下だけでなく、心理的負荷を増大させます。
対面であれば数秒で解消できる誤解が、テキストでは長時間持続するのです。

3.「残る言葉」は繰り返しダメージを与える

テキストコミュニケーションの特徴は、「記録として残る」ことです。
対面での叱責は、その場で終わります。しかしメールやチャットは消えません。
業務指示に強い叱責の言葉が記載されていた場合、受け手は、業務を進めるたびに
その文面に何度も触れ続けます。
厳しい表現であればあるほど、読み返すたびに緊張が再生されます。
「怒られた記憶」が再体験されるのです。
これは心理学的に言えば、刺激の反復による情動の固定化に近い現象です。
 
結果として、
• 萎縮
• 過度な自己防衛
• 相談の減少
などの二次的影響が組織に広がることがあります。
 
発信者は一度送っただけでも、受信者は何度も受け取っている。
ここに、テキスト特有のリスクがあります。

4.自分では気づきにくい

テキスト上のハラスメントリスクが厄介なのは、「本人が自覚しにくい」点です。
 
・効率を重視して簡潔に書いている
・感情を入れず事実のみ伝えている
・誤解を防ぐため断定的に書いている
こうした合理的な理由が背景にあります。
しかし、合理性と受け手の安心感は必ずしも一致しません。
 
特に
• 句読点が少ない
• 改行がない
• 労いの言葉がない
• 一文が短く命令形
といった傾向が重なると、冷たさや威圧感が強調されます。
 
対面での関係性は良好なのに、テキストでのやり取りはストレスであるという
ケースも見受けられます。

5.実務上の留意点

ここで重要なのは、「悪意の有無」ではなく「組織への影響」です。
組織の改善などに携わる皆さまは、以下の視点を組織に取り入れることが有効です。
 
(1)テキストは「感情増幅装置」になり得ると認識する
文字は中立ではありません。
読み手の心理状態によって、意味が増幅されます。
この前提を管理職研修に組み込むなど、管理職自身に伝えていくことが重要です。
 
(2)業務指導と感情を分ける
例:
×「なぜ確認しなかったのか不思議です」
〇「確認が漏れていたようです。次回からは○○の段階でチェックをお願いします。」
業務指導の中に自分の感情や感想を入れず、事実・改善点・次の行動を明確に分けるだけで、
受け止め方は変わります。
 
(3)クッション言葉は不要ではない
「お疲れさまです」「ありがとうございます」「念のため確認ですが」
これらは単なる形式ではなく、心理的安全性を保つ緩衝材です。
効率を下げるものではなく、関係性のための潤滑油と捉える視点が求められます。
 
(4)テキストが続く場合は対面・音声を挟む
誤解が生じやすい案件、感情が動く可能性のある場面では、あえて口頭に切り替える
判断も必要です。
電話を一本入れてみる、オンライン会議をする、近くにいるのであれば会いに行く。
「文字で強くなる人」には早めに声での補正・修正が必要です。

6.ハラスメント判断との関係

テキストでの言動が直ちにハラスメントに該当するとは限りません。
 
しかし、
• 業務上必要かつ相当な範囲を超える継続的叱責
• 人格否定を含む表現
• 威圧的・脅迫的な示唆
が繰り返されれば、パワーハラスメントとして評価される可能性はあります。
 
重要なのは、「グレーゾーンの段階で修正できるか」です。
テキストは証拠として残ります。
だからこそ、その影響を知り、ハラスメントに至ることを防ぐことが重要です。

7.組織ができること

・管理職向けにテキストコミュニケーションの研修を実施する(社内講師等で対応)
・相談窓口で「メールのやり取り」も対象と明示する
・社内ガイドラインに文章例を掲載する
・(その文章はきついよ等)フィードバック文化を育てる
といった取り組みを検討してみましょう。
 
特に、「自分の文章がどう受け止められているか」をフィードバックできる仕組みは、
自覚の促進につながります。

おわりに

テキストコミュニケーションは便利で効率的です。
しかし、その利便性の裏側には、感情が削ぎ落とされるリスクがあります。
対面では信頼されている管理職が、文字では恐れられている。
そんな“ねじれ”は決して珍しくありません。
 
ハラスメント対策は、重大事案への対応だけではありません。
日常のコミュニケーションの質を整えることこそ、最大の予防策です。
文字は冷たくもなり、温かくもなります。
その違いを生むのは、ほんの数行の配慮です。
テキスト時代のハラスメントリスクを理解し、組織の心理的安全性を守る取り組みが、
今後ますます重要になるでしょう。

 

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【執筆者】

代表理事 金井絵理

【プロフィール】

2021年に一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会を設立し代表理事に就任。「ハラスメントを解消し品性のある組織つくりを目指す」を理念としている。上場企業や自治体などで職場のハラスメント対策研修を行い、現在はハラスメント対策研修ができる講師の養成や、ハラスメント相談員の養成に注力している。

日本キャリアデザイン学会 正会員/国立大学法人小樽商科大学商学部企業法学科卒業/早稲田大学大学院 経営管理研究科 人材・組織マネジメント モジュール卒業(MBA)

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