コラム
- 職場のハラスメント
加害者・被害者の「職場復帰」を考える〜共に働く職場をどう整えるか〜
「ハラスメント事後の空気感」という経営課題
ハラスメント事案が発生し、懲戒処分や休職期間を経て当事者が職場に戻ったとき、
そこには独特の「重苦しい空気感」が漂うことがある…
そんな声を、現場からよく耳にします。
たとえば、周囲が加害者を「腫れ物に触るように」扱ってしまったり、
被害者が加害者の存在や周囲の視線におびえ続けたり…。
こうした状況が続くことで、職場全体がどこかぎこちなく、息苦しい雰囲気に
なってしまうようです。
しかし、この状態を「トラブル処理が終わった後の自然な成り行き」と
捉えてしまうのは、経営の観点から見れば大きな誤りではないでしょうか。
厚生労働省の指針や関連資料を読み解くと、このフェーズこそが
「組織文化を再定義するプロセス」の始まりであり、
ここでの対応を誤れば、法的リスク(安全配慮義務違反)や組織の腐敗につながる
可能性があると警鐘が鳴らされています。
今回は、現場から寄せられる
「なぜ処分を受けた加害者が反省していないように見えるのか」
という声を手がかりに、この違和感と向き合いながら、
真の修復とは何かを一緒に考えてみたいと思います。
加害者の「認識」を解剖してみる〜なぜ彼らは何食わぬ顔で出勤するのか〜
多くの職場で聞かれるのが、「戻ってきた加害者が悪びれる様子もなく、
何食わぬ顔で仕事をしている」という戸惑いの声です。
この姿勢を見て、周囲は「本当に反省しているのだろうか」と不安になったり、
怒りを感じたりすることもあるでしょう。
では、なぜそのような態度になるのでしょうか。
その背景を理解するカギは、彼らの内面にある「認知の歪み(Cognitive Distortion)」にあります。
実は「何食わぬ顔で戻ってくる」のは、演技をしているわけではないことが多いのです。
たとえば、頭の中ではこんな物語が作られている可能性があります。
「自分は熱心に仕事をしただけなのに、能力の低い部下と現場を知らない会社によって、
不当に処分された被害者だ」
加害者は、この物語を本気で信じている場合があります。それにより「自分は正しい」と
思っているからこそ、反省するという発想そのものが生まれにくいのです。
こうした状態の人に対して、会社が「反省しなさい」「被害者の気持ちを考えなさい」
と訴えても、残念ながら心には届きません。
必要なのは説教ではなく、「現実検討(Reality Testing)」です。
彼らの主観的な物語に対し、
「あなたの言動が離職率を上げ、組織にこれだけの損害を与えた」という客観的な事実やデータを示し
冷静な理解を促すこと。
これは、「認識のズレを強制的に修正するアプローチ」とも言えるでしょう。
被害者の「安全域」を確保する〜物理的・心理的隔離の義務〜
被害者にとって、自分を傷つけた人間が平然と勤務している状況は、
「自分の存在を否定されている感覚」や「再トラウマ化」を
引き起こす深刻な脅威になりえます。
過去の裁判例(福岡セクシュアル・ハラスメント事件など)では、企業がハラスメントの
事実を知りながら、被害者と加害者の接触を避けるなどの適切な措置を講じなかった場合、
「職場環境整備義務違反」として損害賠償責任が認められています。
被害者が「我慢する」ことで成り立つ職場は、民法上の「安全配慮義務(職場環境整備義務)」の
観点からも許されません。
たとえ企業規模などの事情で物理的な分離が難しい場合でも、「部屋がないから何もしない」で
済まされるものではないのです。
企業には、状況に応じた措置を講じる責任があります。
*企業が講じるべき2つの隔離措置
・物理的な隔離(原則)
配置転換やデスク配置の変更、共有スペースでの遭遇を避けるための動線分離など、ハード面での措置。
・組織的な隔離(代替措置)
物理的距離が取れない場合でも、業務ルールや指揮命令系統を調整し、心理的な接触を最小化するソフト面の工夫。
では、物理的な隔離が難しい職場では、具体的にどのような工夫が可能なのでしょうか。
狭小職場でのルールづくり〜壁を作れない場合の対処法〜
中小規模のオフィスなど、物理的な隔離が困難な環境では、会社が意図的に
「時間的・心理的な距離」をつくることが重要になります。
曖昧な「気にしないふり」ではなく、あえて「ドライさ」を強調したルールづくりがポイントです。
たとえば、次のような方法があります。
「業務動線の分散(タイムラグの活用)」
(例)更衣室や休憩室の混雑を避けるため、出退勤や休憩時間を15分ずつずらすシフト制を導入
「挨拶不要」の公認
(例)無理に挨拶や視線を合わせる必要はなく、業務上のやり取りができていれば十分な勤務態度として評価する
「チーム規範づくり」
(例)威圧的な言動の予兆を感じたら当事者間で抱え込まず、すぐに管理職へ報告するルールを共有する
これらは、厚生労働省のマニュアルを基にした実務的な工夫の一例です。
再発防止のロードマップ〜処罰を超えた「行動変容」へ〜
懲戒処分はゴールではなく、防止措置のスタートです。
復職させる場合には、企業として明確なロードマップを用意し、「再教育」を行う必要があります。
ロードマップ例
1.事実の通告と誓約(復職時)
処分理由を具体化し、再発時の対応を含む行動誓約書を提出
2.行動変容プログラム(3か月〜)
認知行動療法に基づく具体的スキルトレーニング
3.継続モニタリング(半年〜1年)
定期面談で再発の兆候を確認
これらは行政の指針と臨床心理学の知見を統合した実践的な枠組みです。
※精神科医や専門の団体等プログラムの取り扱いのある機関にお問い合わせください
共存ではなく「適正な規律」のある職場へ
忘れてはならないのは、ハラスメント事後の対応の本質は、
「無理に反省を迫ること」でも「表面的に取り繕うこと」でもないということです。
目的は、互いの尊厳を守るための「組織の規律」を再構築すること。
「過去のことは業務に持ち込ませないが、規律違反は一切許さない」
この緊張感のある“見えない壁”を維持し続けることこそが、被害者の回復を助け、
組織を再生させる唯一の道なのかもしれません。
まずは、自組織でここに書かれていることができているかどうかを、
ひとつひとつチェックしてみるところから始めてみませんか。
【主な出典・参考文献】
・厚生労働省「職場におけるハラスメント関係指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)
・厚生労働省「職場におけるハラスメント対策導入マニュアル」
・福岡地裁 平成4年4月16日判決(福岡セクシュアル・ハラスメント事件)
・独立行政法人労働政策研究・研修機構資料
・ハラスメント行為者向け行動変容プログラムに関する専門知見
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【執筆者】
相談員養成講座 特任講師 平澤 知穂
【プロフィール】
2000年にコーチとして独⽴、研修講師として活動開始。 2つの⼤学で通算14年間⼤学⾮常勤講師を務める。 企業や⾃治体、医療法⼈などにおいてハラスメント防⽌の活動を⾏い、2022年には個⼈のハラスメント年間相談対応が 600件を超えた。厚⽣労働省の設置するハラスメント相談窓⼝や、法務省の刑事施設における矯正教育関連プログラムの ファシリテーターを経験している。
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