コラム
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適切な懲戒 ~相談窓口の担当者が知っておきたい、会社と仲間を守るルール~
日頃、ハラスメント相談の窓口や事実確認など、目に見えにくい仕事を
担っている皆様は多種多様な悩みや迷いをお感じではないでしょうか。
現場ではときどき、周りの感情が一気に熱くなることがあります。
「問題を起こした人をすぐに罰してほしい」
「厳しく処分しないと示しがつかない」
これは、被害を受けた人の切実な願いであり、周りの人の正義感でもあります。
だからこそ、担当者としては心が揺れ動くこともあるでしょう。
しかし、そんな時こそ、専門的な役割を担う私たちは「冷静なルール」を
思い出さなければならないと思います。
例えば、会社が社員を懲戒するには、正しい手順と決まりが必要です。
ここが曖昧だと、会社を守るためのルールが、逆に大きなトラブルの原因に
なってしまいます。
今回は、
「なぜ会社は自由に懲戒できないのか」と
「正しいルール運用がどう会社と社員を守るのか」を、
ハラスメントの例を用いながら、基礎からわかりやすく整理します。
ハラスメント相談対応者が知っておきたい大事なポイントです。
懲戒をするための3つの条件
会社が秩序を守るために、一定のルール違反に対して懲戒を行うこと自体は
広く認められています。
ただし、社長や上司の気分で決めてよい話ではありません。
大枠として、次の3点がそろわないと、無効になり得ます。
① あらかじめルールが決まっていること
どのようなことをしたら懲戒となるのか、就業規則などの文書にはっきりと
書かれていなければなりません。
具体的には就業規則などの文書に書かれていること。
あと出しでルールを作って、その前の行動にさかのぼって処分するのは難しい、
という考え方です。
② 懲戒の理由が誰から見ても納得できるものであること
専門的には「客観的に合理的な理由」と言われます。
処分には説明できる理由が必要です。
労働契約法15条は、合理的な理由がなく、社会の常識に照らして相当とも
言えない懲戒は無効になり得る、という趣旨を示しています(※)。
たとえば、ハラスメントの訴えが一度出ただけで、事実確認や本人への
聞き取りを行わないままいきなり解雇にするような対応は、重すぎると判断される
可能性が高くなります。
※労働契約法 (懲戒)
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、
当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様 その他の事情に照らして、客観的に
合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、
その権利を濫用した ものとして、当該懲戒は、無効とする。
③ 「やったこと」と「懲戒」の釣り合いが取れていること
専門的には「相当性(そうとうせい)」と言われます。
ハラスメント対応でも、行為の内容や悪質性などを丁寧に見た上で、
段階的に処分の重さを考えることが求められます。
ここは「正しさ」だけでなく「釣り合い」の問題です。
例えば、注意や指導で改善が見込める段階の行為に対して、最も重い処分を選ぶと、
「やったこと」と「懲戒」のバランスが取れていないと見なされやすくなります。
ハラスメント対応でも、行為の内容、回数、悪質性、本人の認識や改善の可能性などを
丁寧に見た上で、段階的に処分の重さを考えることが求められます。
就業規則は会社の「ルールブック」
従業員が10人以上の会社には就業規則の作成・届出義務があります。
実務的には、就業規則は会社のルールブックであり、このルールブックの中に
どんな悪いことをしたら、どんな懲戒があるかを書いておかなければ、
無効と判断される可能性が高くなります。
よく起きるのが、「みんな分かっているはず」という思い込みです。
例えば、従業員が100人を超えるような規模になると、お互いの顔が見えにくくなり、
考え方の多様さも幅も深みも増していきます。だからこそ、誰が見てもわかる
明確なルールを作っておくことが、トラブルを防ぐために重要になります。
明示化により担当者がぶれることなく動けます。
被害を受けた側にも、「会社はルールに従って進めている」と説明できます。
懲戒の重さには段階がある
問題行動があった場合、いきなり一番重い処分を下すのではなく、
段階を踏むことが一般的です。
軽い物から順に記載します。
・けん責
始末書や反省文を書かせて、将来に向けて注意をする、最も軽い処分です。
・減給
給与を減らす処分ですが、労働基準法によって減らしてよい金額には厳しい上限が
決められています。生活ができなくなるほど給料を引くことはできません。
・出勤停止
一定期間会社に来ることを禁じ、その間の給料も支払わない処分です。
・降格
役職や職位を引き下げる処分です。
管理職から一般職へ戻すなど、職責や権限を軽くすることを目的として行われます。
・諭旨解雇(ゆしかいこ)
懲戒解雇に相当する事案について、一定の情状を考慮し、自己退職を選択する機会を
与える形で対応されることが多いものです。取扱いは就業規則の定めによります。
・懲戒解雇
会社との契約を強制的に終了させる非常に重い処分であり、会社側にも
極めて慎重な判断が求められます。
後から「重すぎた」と見なされれば会社が大きく不利になります。
運用には就業規則上の根拠や、手続の丁寧さがより重要になります。
ここでのポイントは、「重い処分がダメ」ではなく、
「処分は、理由・証拠・手続の完成度が揃っていること」です。
ハラスメント対応で大事なのは「公平な手続き」
私たち相談対応者が特に関わることの多いハラスメント事案においても、
この「ルールの正しさ」がとても大切です。
ハラスメントは働く人の心と体を傷つけ、会社の雰囲気も悪くするため、
会社は放置してはいけません。
しかし、ハラスメントだという訴えがあったからといって、事実確認をせずに
相手を懲戒することはできません。
それは逆に、訴えられた人の権利を侵害することになるからです。
相談窓口で話を聞いた後、会社は訴えられた人にも話をしてもらう機会を持ち、
公平に事実関係を調査し、聴く必要があります。
その上で、事実が確認されれば、就業規則に基づいて厳正に対処します。
この公平なプロセスこそが、被害者にとっても加害者にとっても、
納得感のある解決につながります。
以下、大まかな流れです。
・相談を受ける
・行為者とされる人から話を聞く
・事実関係の確認をする
・事実である場合は、該当する事案について検討する
・事情聴取を行い、会社としてハラスメント事案であるかどうかの判断をする
・確認できた事実に基づき、就業規則に沿って対応する
・再発防止策を実施する
この際、役職や専門性によって合理的な理由なく処分に差が生じると、
不公平と受け取られる可能性があります。
テレワークでもルールは同じ
最近は、会社に行かずに家などで仕事をするテレワークが増えていますが、
ハラスメントに対する考え方は会社にいる時とまったく変わりません。
たとえ離れた場所にいても、仕事上のやり取りであれば、会社のルールが
そのまま適用されます。
画面越しのやり取りでは、相手がどのような気持ちでいるかが見えにくいため、
注意が必要です。
たとえば、チャットやメールで相手を威圧するような言い方をしたり、
オンライン会議で特定の人を仲間外れにしたりすることは、対面での
いじめと同じようにハラスメントと認定し得ると考えましょう。
会社には、働く人が安心して過ごせる環境を守る義務があります。
もしハラスメントが起きたのに、会社が何もせずに放置したり、
適切な対応をしなかったりすると、会社全体の責任が問われることになります。
場所が離れているからこそ、これまで以上に言葉遣いや伝え方に
気を配ることが大切です。
オンラインであっても対面と同じように、相手を思いやる気持ちを持つこと、
そして「ルールはどこでも守るもの」という意識を全員で共有することが、
みんなが安心して働ける職場づくりにつながります。
助成金とルールの意外な関係
企業の相談窓口や人事の方々にとって、経営の目線からルールの重要性を
知っておくことはとても大切です。
実は、国からもらう助成金と、会社の懲戒には深い関わりがあります。
国から雇用に関する助成金をもらうためには、多くの場合、一定の期間内に
会社都合で社員を辞めさせていないことという条件があります。
※例外もあります。助成金の種類によっては、正当な懲戒解雇であれば
不支給要件に該当しない場合もあります。
ただし、助成金ごとに要件は異なるため、必ず個別確認が必要です。
ハラスメントの対応で考えてみましょう。
問題が起きたからといって、十分な調査もせずに勢いで相手を
辞めさせてしまうと、それは会社都合の解雇と見なされ、助成金に
影響する可能性が高くなります。
一方で、丁寧に事実を調べ、就業規則に照らして正しく懲戒を
与えたのであれば、それは社員自身の重大な違反による解雇として
認められやすくなります。
つまり、ハラスメントが起きたときに、感情で判断せずルールに
基づいて公平に対応することは、被害者を守るだけでなく、
結果として会社の経営やお金を守ることにもつながるのです。
就業規則というルールの「懲戒」は、単なる後始末のためのものではありません。
会社全体と、そこで働くすべての人を守るための大切な備えなのです。
担当者としての実務の意味は明確です。懲戒の根拠や手続きがしっかりと
整っていることは、現場の人たちが納得するためだけでなく、
助成金の問題を含めた経営上のリスクを減らすことにも役立つのです。
懲戒は「怖がらせる道具」ではなく「守る仕組み」
こうして見てみると、会社の懲戒のルールは、単に従業員を怖がらせたり
責めたりするための道具ではないことがわかります。
・経営者が判断に迷わない
ルールがあることで、経営者は迷わずに判断ができます。
・担当者は手続きが進めやすくなる
担当者はスムーズに手続きができます。
・従業員は安心して働ける環境が整う
真面目に働く従業員は「会社は正しくあってくれる」「公平に守ってくれる」と
安心して仕事に打ち込めます。
懲戒の規定は、誰もが公平に、そして安心して働ける職場環境を作るための、
大切な守りの仕組みです。
ハラスメント事案の相談を受けるお立場の方々の業務が、この仕組みを
正しく動かすための重要な役割を担っていることを、改めて感じていただければ幸いです。
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【原文作成者】
相談員養成講座 特任講師 平澤 知穂
【プロフィール】
2000年にコーチとして独⽴、研修講師として活動開始。 2つの⼤学で通算14年間⼤学⾮常勤講師を務める。 企業や⾃治体、医療法⼈などにおいてハラスメント防⽌の活動を⾏い、2022年には個⼈のハラスメント年間相談対応が 600件を超えた。厚⽣労働省の設置するハラスメント相談窓⼝や、法務省の刑事施設における矯正教育関連プログラムの ファシリテーターを経験している。
【編集者】
代表理事 金井絵理
【プロフィール】
2021年に一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会を設立し代表理事に就任。「ハラスメントを解消し品性のある組織つくりを目指す」を理念としている。上場企業や自治体などで職場のハラスメント対策研修を行い、現在はハラスメント対策研修ができる講師の養成や、ハラスメント相談員の養成に注力している。
日本キャリアデザイン学会 正会員/国立大学法人小樽商科大学商学部企業法学科卒業/早稲田大学大学院 経営管理研究科 人材・組織マネジメント モジュール卒業(MBA)
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