コラム

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相談員にとって「迷い」が生じる案件 〜第三者からの通報に揺れるときの初期対応〜

「〇〇さんがハラスメントを受けているようです」
 
ある日、そんな通報が匿名で届くことがあります。
 
声の主は当事者本人ではなく、同僚や上司、あるいは社外の関係者かもしれません。
内容を聞くだけでは事実の確かさが見えず、どう動くべきか迷ってしまう・・・

相談を受けたはいいけれど、心の中に「動くべきか」あるいは「まだ早いか」などの迷いが生まれる瞬間です。
 
このような“発信者がわからない通報”ほど、初期対応の姿勢が問われるのかもしれません。
なぜなら、ここでの対応が「信頼される窓口」か「疑われる窓口」かを分けるからです。

 

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「即座に判断」しない

まず大切なのは、事実かどうかを即座に判断しようとしないこと。
相談員の役割は、探偵でも裁判官でもありません。
 
「通報が入った」という事実をまず受け止め、その行動の背景にある気持ちや
意図を理解しようとする姿勢が、初期対応の第一歩です。
つまり、「人の心の動き」を丁寧に聴くことが、信頼を築く出発点になります。
 
たとえば、「誰かが困っているように見えた」「職場の雰囲気が変わった」など、
通報者の感じた違和感は、組織に起きている小さなサインかもしれません。
それを「証拠がない」と片づけてしまうと、
相談員自身が“信号無視”をしてしまうようなものです。

「影響の範囲」を確認する

一方で、通報の内容が一方的であったり、誤解や憶測に基づく場合もあります。
だからこそ、確認すべきは「情報の正確性」ではなく、「影響の範囲」です。
つまり、「この状況を放置すると、誰かが不利益を被る可能性があるか?」という視点で捉えるのです。
 
もし「放置すれば職場の安心感が損なわれる」と感じたら、どう動くか、が見えてきます。
例えば、「組織全体の現状」として上司への報告、そして担当部署や管理職と共有したり、
情報提供者には「状況を知らせてくださってありがとうございます」と伝えるなど、です。
こうした行為は、相談員の“行動の透明性”を保つことにもなり、信頼につながります。

「聴くこと」

また、通報者が分かった場合、通報者への初期対応では「聴く姿勢」そのものがメッセージになることを忘れないことも大切。
 
相手の話を急かさず、「あなたが感じたことを教えてください」と丁寧に聴く。
その姿勢が、通報者にも、そして周囲にも、『この窓口は信頼できる』と感じてもらえる。
それは、ハラスメントの拡大や誤解の連鎖を防ぐ、最も効果的な初期対応となります。

「証拠がない」の意味を明瞭にする

あなたは、”証拠がない”をどう捉えますか?
それは「何もない」という意味ではありません。
見えないところで、何かが起きているかもしれない、というサインと捉えると良いと思います。
相談員の仕事は、そのサインを過剰に判断せず、過小に扱わず、適切に拾い上げること。
 
ハラスメント相談員は、事実の確定ばかりに目を奪われず、こうした影響を読む力も必要です。

初期対応のポイント

ここで、初期対応時の行動のポイントを3つにまとめましたのでご紹介します。
 
①「通報を受けた」という事実を記録に残す
感情的な印象ではなく、日時・経路・発言の要旨を簡潔にメモします。
この段階では、判断や評価を加えず、「何を聞いたか」「どう伝えられたか」を中心に。
記録は「後からの確認」と「透明性」証にもなります。
 
②「通報者への確認」と「配慮の言葉」をセットに
通報者には、話をしてくれたことへの感謝を伝えるとともに、
「この内容をどの範囲まで共有してよいか」を必ず確認します。
この一言で、通報者の不安を和らげ、信頼関係を維持できます。
 
③「関係機関への早期共有」をためらわない
自分ひとりで抱え込まず、人事部門・コンプライアンス担当・外部窓口など
必要な関係者に早めに相談しましょう。
共有の際には、「事実の有無」ではなく「リスクの兆候がある」という観点で伝えるのがポイントです。
 
通報というのは、「組織にまだ見えていないSOS」が届いた瞬間でもあります。
その声を、急がず、恐れず、丁寧に扱う。
「証拠がない」からこそ、相談員の「影響を考察する力」「人への振る舞い」「関係を調整する力」が問われるのだと思います。

 

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【執筆者】

相談員養成講座 特任講師 平澤 知穂

 

【プロフィール】

2000年にコーチとして独⽴、研修講師として活動開始。 2つの⼤学で通算14年間⼤学⾮常勤講師を務める。 企業や⾃治体、医療法⼈などにおいてハラスメント防⽌の活動を⾏い、2022年には個⼈のハラスメント年間相談対応が 600件を超えた。厚⽣労働省の設置するハラスメント相談窓⼝や、法務省の刑事施設における矯正教育関連プログラムの ファシリテーターを経験している。

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