コラム
- 相談
パワハラを恐れる管理職から、指導についての相談があったら
組織の中で「指導」と「パワハラ」の線引きが難しくなっている昨今、管理職の方々が「パワハラと言われるのでは」という不安から、必要な指導をためらうケースが増えています。
その結果、部下から「放置されている」「肝心なことを教えてくれない」と距離を取られ、孤立感を深める管理職が相談窓口を訪れるケースも出てきました。
今回は、人事部門やハラスメント相談窓口担当者がこうした相談にどう対応すべきかについて考えていきます。
相談への対応ポイント
まず、こうした相談を受ける相談員は、「指導萎縮症候群」の背景にある三つの心理要因を理解することが重要です。
(1)批判への恐れ
誰しも批判されることに不安を感じるものですが、特に「パワハラ管理職」というレッテルを貼られることへの恐怖は大きいものです。
(2)明確な基準の欠如
何がパワハラで何が適切な指導なのか、その境界線が見えにくいことです。
(3)コミュニケーションスキルへの自信不足
自分の伝え方に自信がないため、指導そのものを避けてしまうのです。
こうした3つの背景が相談者に内在している可能性を踏まえた上で、以下の流れで対応をしていきましょう。
1. 傾聴と共感から始める
相談者の不安や懸念をしっかり受け止めることが第一歩です。
「パワハラと言われたくない」という思いは、むしろ誠実な証。その気持ちに共感した上で、具体的な状況を詳しく聞いていくと良いでしょう。
2. 具体的な指導方法に関する聞き取り
相談者が、指導の目的と、その目的を達成するための手段を分けて考えることができるよう、質問力を活用することも大事なポイントです。
ここでは、ケースに応じて活用できるいくつかの質問例をご紹介します。
これらの質問を通して、相談者自身が状況を整理し、より建設的な解決策を見出すためのサポートを目指します。
【指導の目的を明確にするための質問例】
(1)「具体的に、部下のどのような業務上の点について指導する必要があると感じていらっしゃいますか?」
(2)「部下の業務の進め方や仕事への取り組み方の、どのような点が、チームや組織の目標達成に影響を与えているとお考えですか?」
(3)「以前、部下の方から『無責任だ』という声があったとのことですが、それはどのような状況でのことでしたか?もしよろしければ、その時、部下の方から何か要望などはありましたか?」
(4)「もし、部下の方の問題行動がこのまま続いた場合、具体的にどのような業務上の支障が出ると予想されますか?」
(5)「指導が必要な内容は、会社のルールや業務の手順に関わることでしょうか?それとも、仕事に取り組む姿勢や態度に関わることでしょうか?」
【目的を達成するための手段を具体化するための質問例】
(1)「今回の指導において、会社の業務指導に関するガイドラインに沿っていなかったと感じる点はありますか?」
(2)「他の管理職の方々で、同じような状況に遭遇し、効果的な対応をされた事例をご存知ですか?もしあれば、参考にできる点がありそうでしょうか?」
(3)「もし、一対一での指導に不安を感じるようでしたら、別の管理職や人事担当者を交えた形での指導も選択肢の一つですが、それについてはいかがお考えでしょうか?(もし、すでに試されたことがあれば、その結果についてもお聞かせください)」
これらの質問は、より具体的かつ実践的に、相談者が指導の本来の目的を見失うことなく、適切な手段を検討できるよう促すアプローチです。
相談窓口担当者としては、相談者の感情面に配慮しながらも、事実関係や認識を明確にすることも重要な役割と言えるでしょう。
3. 助言や情報提供を行う
必要に応じて、助言や情報提供等も有効になることでしょう。その際は、「あなたのためを思って」という個人的な動機を強調するのではなく、「このプロジェクト(業務)を成功させるために、〇〇という点を意識して部下の方と対話してみてはいかがでしょうか」といった、業務目標に紐づけた具体的な提案をすることで、相談者も実践に移しやすくなります。
4. 定期的な対話の場の重要性を伝える
私がファシリテーターとして見てきた経験からも、1to1ミーティングなど、日常的なコミュニケーションの場を設けることの効果は非常に高いと感じます。いざという時の指導も、日頃の信頼関係があれば、部下はより素直に受け止めることができるという点を強調すると良いでしょう。
5. 組織への提言をまとめる
指導に迷う管理職の個別相談を通して見えてきた課題を、組織全体の改善につなげることも相談を受けた人事部門や窓口担当者の重要な役割です。「健全な指導とは何か」についての共通理解を促すための研修実施や、指導とハラスメントの線引きを明確にするガイドラインの作成などを提案していくことも大切です。
6. フォローアップの実施
相談後、実際に指導の現場でどのような変化があるか、定期的に確認する機会を設けることも効果的です。
指導の成功体験を積み重ねることで、管理職としての意識や指導スキル、そして自信を手にしていけるからです。
指導を避けることは、実は部下の成長機会を奪うことにもなります。
人事部門や相談窓口担当者として「指導は組織と個人の成長に不可欠」という視点を持ち、相談者が適切な指導法について意識を向けられるよう何らかの形で支援することが必要になる場面があるでしょう。
組織の成長は一人ひとりの成長の積み重ね。
窓口担当者の丁寧な対応が、パワハラを恐れる管理職の背中を押し、結果として学び合える組織文化の醸成にもつながるのではないでしょうか。
こうした地道な取り組みは、組織全体の健全な発展を支えることになるのだと私は考えています。
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【執筆者】
相談員養成講座 特任講師 平澤 知穂
【プロフィール】
2000年にコーチとして独⽴、研修講師として活動開始。 2つの⼤学で通算14年間⼤学⾮常勤講師を務める。 企業や⾃治体、医療法⼈などにおいてハラスメント防⽌の活動を⾏い、2022年には個⼈のハラスメント年間相談対応が 600件を超えた。厚⽣労働省の設置するハラスメント相談窓⼝や、法務省の刑事施設における矯正教育関連プログラムの ファシリテーターを経験している。
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