コラム
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経営層が加害者だったとき~人事・相談窓口が迷わないための考え方と組織づくり~
相談窓口には、時にこんな声が届きます。
「社長が大声で怒鳴り、周りが萎縮しています」
「理事長が特定のスタッフに厳しく当たり、近くで見ている私も不安になり眠れないんです」
「人事役員による叱責が続き、体調を崩した人がいます」
相手が経営層となると、人事や相談窓口の皆さんがどう動けばよいか迷うのは当然です。
最終判断を担う立場の人が行為者に名前が挙がるわけですから、気持ちが揺れるのは自然な反応です。
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経営層が関わる案件が難しくなる理由
まず、知っておきたいのは、経営層が関わる相談には「社内の力学」が大きく影響するということです。
組織の文化や歴史、社内の関係性が複雑に絡み、人事が動きにくい状態が生まれます。
ときには「火の粉がこちらにも飛んでくるのでは」と不安を感じる方もいます。これは非常に現実的な悩みです。
とはいえ、従業員から相談があったら動かないわけにはいきません。
ここでは、実際に起こりやすい事例を交えながら、どう考え、どのように動けばよいのかを整理していきたいと思います。
まず、典型的な事例として「大声による叱責」の相談があります。
某企業で、社長が苛立ちを募らせ、部屋の外まで響く怒鳴り声を上げる日が続いていました。
相談者は悩み、呼び出しの社内電話がかかってくるかも、と自席に戻ることすら怖いと訴えていました。
相手が誰であっても、相談窓口として行うべきことは変わりません。
事実を丁寧に確認し、相談者の安全と健康を最優先にすること。
必要であれば外部の専門機関につなぐこと。
これは基本の流れです。
動けない時に役立つ外部の視点
動きにくい時、外部の力を借りることも選択肢です。
「社内では対応が止まって解決が困難」な状況でも、外部の視点が入ることで状況が前に進むケースは多々あります。
完全に「外部」でなくとも、支社や営業所など拠点のトップが行為者の場合には、本社がその機能を果たすということもあります。
人事部長が行為者であった事例を紹介します。
特定の若手スタッフに対し、深夜に長いメッセージを送り続け、翌朝早く呼び出して強く追及するという状況が続いていました。
相談者は「人事部長が相手なら、人事に相談するのは危険なのでは」と感じ、誰にも言えずにいました。
このようなケースでは、相談が表に出にくくなります。
人事部門の中で閉じてしまう案件だからこそ、相談者が助けを求めにくく、問題が見えなくなることがあるからです。
独立して動けるコンプライアンス部門の役割
ここで重要になるのが「独立した監視・相談機能が組織にあるかどうか」という視点です。
たとえば、コンプライアンス部門のような、人事とは別のラインで動ける部署がある場合、経営層や人事部門そのものが関係する相談でも、より中立的に対応できます。
ここで少しコンプライアンス部門の特徴について触れておきます。
コンプライアンス部門は、組織の一部でありながら、他部門からの影響を受けにくい独立性が特徴です。
人事のように配置や評価の決定に関わる立場ではないため、利害関係から自由な位置で状況を見られます。
そのため、経営層が関わる案件でも、事実の確認や指摘を行いやすいという強みがあります。
また、コンプライアンス部門は「組織全体のリスクを俯瞰する」という役割をもっているため、個人の評価や部門の事情よりも、会社の健全性を優先して判断できます。
ハラスメント案件においても、行為者の職位によって揺らぎにくく、必要な行動に踏み出しやすい立場と言えます。
独立した権限を持つ部署があることで、
・相談窓口が社内の力学に巻き込まれにくい
・経営層が関与する案件でも判断が滞りにくい
・相談者が「ここなら話せる」と感じやすい
といった効果が生まれます。
相談窓口の担当者自身を守る仕組み
そしてこの仕組みは、相談者のためだけにあるものではありません。
ここから少し掘り下げたいのが、「人事・相談窓口の方々自身が守られる仕組みでもある」という点です。
経営層が関わる案件では、人事担当者に心理的な負荷やプレッシャーがかかることがあります。
「この対応で自分の立場に影響が出るのでは」
「判断を一人で背負っているように感じる」
そんな不安が生まれることは決して珍しくありません。
独立した部門や外部機関とつながる仕組みがあると、人事担当者が一人で抱え込む必要がなくなります。
第三者の目が入ることで、人事自身の判断が守られ、安心して対応できる土台が整います。
これは相談者にとっても大きな安心につながり、組織全体の健全さを支える大切な条件になります。
もし社内にそのような部署がない場合でも、外部の専門相談窓口や弁護士などと連携することで、同じような機能を補うことができます。
外部の視点が入ることで状況が前に進みやすくなるのは、実務でもよく見られる流れです。
相談者の選択肢を広げる支援
さらに大切なのは、相談者自身の選択肢を守ることです。
経営層が加害者のとき、会社がすぐに動けない場合があります。
その間に相談者が疲れ切ってしまわないよう、「我慢する」以外の選択肢があることを伝えることも窓口の役割です。
部署異動、休職を含む健康の回復、転職を視野に入れるなど、状況に応じた複数の選択肢を提示するだけで、相談者が抱える心理的な負担が軽くなることがあります。
もちろん転職を安易にすすめることはありませんが、視野が広がるだけでも相談者の心の負担が軽くなる場合があります。
最後に、人事・相談窓口の皆さんにお伝えしたいことがあります。
経営層が加害者となる案件ほど、皆さんはよりどころが無いと感じ、そして孤独を感じやすいものです。
ですが、丁寧に話を聴き、できる範囲で必要なステップを踏むだけでも、相談者にとっては大きな支えになります。
そして、人事の皆さん自身が安心して相談できる外部の仕組みや、独立した部門の存在は、組織の健全さを守るためにも大切です。
相談を受ける側が守られているからこそ、落ち着いた判断ができ、相談者の安心につながります。
経営層が加害者となるケースは難しいものですが、原則に立ち戻りながら一つずつ進めていけば、新しい道が開けるなどの展開が見えてくるでしょう。
どうかご自身をも守りながら、役割を果たしていただければと思います。
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【執筆者】
相談員養成講座 特任講師 平澤 知穂
【プロフィール】
2000年にコーチとして独⽴、研修講師として活動開始。 2つの⼤学で通算14年間⼤学⾮常勤講師を務める。 企業や⾃治体、医療法⼈などにおいてハラスメント防⽌の活動を⾏い、2022年には個⼈のハラスメント年間相談対応が 600件を超えた。厚⽣労働省の設置するハラスメント相談窓⼝や、法務省の刑事施設における矯正教育関連プログラムの ファシリテーターを経験している。
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