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「偉いね」―褒め言葉に潜むマイクロアグレッション

職場で部下や後輩に声をかけるとき、つい「偉いね」と言ってしまうことはありませんか。

相手をねぎらい、良好な関係をつくるための褒め言葉のように思えます。
しかし、この「偉いね」は、対象や場面によっては差別的なニュアンスを含むマイクロアグレッションになり得ます。

本稿では、「偉いね」をはじめとする褒め言葉の落とし穴を、人事・管理職の視点から整理します。

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マイクロアグレッションとは

マイクロアグレッション(microaggression)とは、無意識に放たれた言葉や態度が相手を傷つける行為を指します。

この概念は1970年代、米国の精神科医チェスター・M・ピアスが、アフリカ系アメリカ人が日常的に受ける「人種差別的な小さな攻撃」を説明するために用いたのが始まりです。
その後、心理学者デラード・W・スーらの研究により発展し、現在では性別、年齢、国籍、障害、性的指向など、多様な属性に基づく差別を含む概念として広く使われています。
また日本の人事・労務の領域では、こうした国際的な定義に加え、正社員・非正規といった雇用形態の違いによる不公平感がマイクロアグレッションの一例として議論されることもあります。

「偉いね」が差別的に響く理由

1.子ども扱いのニュアンス
「偉いね」は本来、目上が子どもに対して使う言葉です。

若手社員や女性社員にだけ繰り返すと、「大人として認められていない」「対等に扱われていない」と感じやすくなります。

2.無意識のバイアス
男性管理職や年上社員には言わず、女性や若手にだけ言う場合、
「女性だからここまでできるのは珍しい」
「若手だから当然できないだろう」
といった固定観念を前提にしていると捉えられます。

3.差別の積み重ね
一度なら軽い冗談で済むかもしれません。
しかし繰り返されると、「この職場では女性や若手は子ども扱いされる」という文化が固定化し、組織的な差別として根を下ろしてしまいます。

他にもある“差別を含む褒め言葉”

「偉いね」以外にも、褒め言葉のつもりであっても差別的に響くものは少なくありません。

性別に関わるもの
「女性なのにリーダーシップがあるね」
「男なのに気配りができるね」

年齢に関わるもの
「若いのにしっかりしているね」
「年配なのにパソコンが使えるんだね」

国籍・文化に関わるもの
「外国人にしては日本語が上手だね」
「日本人なのに英語ができるんだ」

障害や健康に関わるもの
「車いすなのに頑張ってるね」
「体が弱いのにここまでできるなんて」

雇用形態に関わるもの
「派遣なのに仕事が早いね」
「パートなのに責任感があるね」

いずれも「○○なのに」「○○にしては」といった前提が差別的であり、本人の努力や能力を正当に評価していないことになります。

受け手の心理的影響

こうした褒め言葉型マイクロアグレッションは、受け手に以下のような影響を与えます。

若手社員:「努力が子ども扱いで片付けられている」と感じる

女性社員:「性別に基づいて評価されている」と受け止める

外国籍社員:「自分は対等に扱われていない」と孤立感を強める

障害のある社員:「能力ではなく状態だけで評価されている」と感じる

非正規社員:「立場で差別されている」と不公平感を抱く

結果として、心理的安全性が失われ、モチベーション低下や離職の増加につながります。

人事が注意したいリスク

ハラスメント申告につながる
「褒め言葉だから問題ない」という認識は通用しません。差別的言動と指摘される可能性があります。

組織文化への悪影響

無意識の差別が常態化すると、ダイバーシティ推進や人的資本経営との整合性が崩れます。

社会的信用の失墜
社外に伝わった場合、「多様性を軽視する組織」と評価されるリスクがあります。

代替表現の工夫

褒めるときは、属性ではなく具体的な行動・成果を評価することが重要です。

✕「偉いね」→〇「この資料のまとめ方は的確だね」等

✕「女性なのにリーダーシップがあるね」→〇「チームを率いる姿勢が非常に心強い」等

✕「外国人にしては日本語が上手だね」→〇「説明がとても分かりやすい」等

✕「派遣なのに責任感があるね」→〇「主体的に取り組んでくれて助かっている」等

具体的かつ公平な言葉を用いることで、相手は「尊重されている」と感じやすくなります。

まとめ

「偉いね」をはじめ、性別・年齢・国籍・障害・雇用形態などに基づく褒め言葉は、マイクロアグレッションという差別的ニュアンスを含む可能性があります。

人事担当者や管理職に求められるのは、

・褒め言葉の裏に潜むバイアスに気づくこと

・行動や成果を具体的に評価する習慣を根付かせること

・組織全体で多様性を尊重する言葉選びを徹底すること

です。

ハラスメント防止は「否定的な言動をなくす」だけでなく、褒め言葉の中に潜む差別性を見直すことからも始まります。

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【執筆者】

代表理事 金井絵理

【プロフィール】

2021年に一般社団法人日本ハラスメントリスク管理協会を設立し代表理事に就任。「ハラスメントを解消し品性のある組織つくりを目指す」を理念としている。上場企業や自治体などで職場のハラスメント対策研修を行い、現在はハラスメント対策研修ができる講師の養成や、ハラスメント相談員の養成に注力している。

日本キャリアデザイン学会 正会員/国立大学法人小樽商科大学商学部企業法学科卒業/早稲田大学大学院 経営管理研究科 人材・組織マネジメント モジュール卒業(MBA)

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