コラム
- 職場のハラスメント
ハラスメント行為者は「改善」できるのか?本人が変わる支援の実際
研修だけでは、行為者の行動はほぼ変わらない現実
ハラスメントが発覚すると、多くの企業ではまず再発防止の研修が行われます。
ところが、「研修を受けて終わり」になるケースが少なくありません。研修は知識やルールを伝えるには有効ですが、深く根付いた行動習慣を変えるには、不十分とも言えます。
ハラスメントの防止業務に携わったことがある方であれば「何度研修しても改善が見られない」状況に、もどかしさを感じたことはありませんか?
半年以上の伴走が必要な理由と、6カ月間のプログラム例
人間が無意識的に働く思考パターンや行動習慣を変えるには、心理学では3~6カ月以上*の継続支援が効果的とされています。
これは、ダイエットや運動習慣の定着とよく似ていて、短期的な刺激だけだと元に戻ってしまうからです。
*期間はあくまで一般的な目安であり、個人差が大きいものです。
精神科医や臨床心理士でも対応が難しいケースがあることも留意したい点です。
特に、セクシュアルハラスメントのような性的な欲求や嗜好が背景にあるハラスメント事案では、心理療法でも改善が難しいことがあるとされます。
加えて、強い攻撃性や衝動性など、先天的・長期的に形成された性格特性が背景にある場合は、より長期的かつ専門的な支援が必要です。
この点について、厚生労働省のWEBサイトで紹介されているハラスメント防止研修用資料でも、短期の集合研修では限界があり、より継続的・個別的な支援が重要であることが示されています。
「職員向け研修のための手引き」
https://www.mhlw.go.jp/content/12305000/000947395.pdf?utm_source=chatgpt.com
例えば、カナダではCoSA(Circles of Support and Accountability)という性的加害者向け再統合支援が行われており、効果が報告されています。
CoSAは、加害行為を犯し社会復帰した個人を地域のボランティアと専門家がチームとなって、日常生活において適切な行動を維持できるようサポートするものです。
定期的な面談やコミュニケーションを通じて、健全な人間関係の構築を促進します。
2000年代にカナダで行われた研究では、高リスクな性犯罪者のグループを2つ用意し、CoSAに参加したグループとしないグループを比較しました。
参加したグループでは、性的再犯が83%減、暴力再犯73%減、あらゆる再犯71%減という大幅な改善が確認されました
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19901236/
つまり、こうした研究は、短期研修では捉えきれない「長期かつ伴走的支援の重要性」の根拠になるでしょう。
6カ月個別支援プログラムの一例
日本で実施可能な、ハラスメント行為者の個別支援プログラムの一例をご紹介します。
・初期面談(1~2回)
本人が「問題ではない」と感じている場合も含め、行動の背景や価値観、職場環境を丁寧にヒアリング。
・行動目標の設定(第1カ月)
強みの活かし方、共感と感情、感情と行動パターン、 取り組みやすい具体行動(例:「部下の発言を最後まで聞く」など)を個別サポートで一緒に出していく。
・週1~隔週の個別セッション(第1~第4カ月)
実践の振り返り、課題整理、代替行動の練習など。
必要なサポートの明確化。
強み行動の結果検証。
・職場行動の観察とフィードバック(第2~第5カ月)
必要に応じて上司や人事からのヒアリング
自己認識と他者認識のずれの検証
・総括面談(第6カ月)
成果の定着度の確認
本人および職場への再発防止策を提案
費用感について「専門家による6カ月伴走型支援の一つの目安」としてご紹介すると、50~100万円程度/月です。
ただし、支援内容や専門家の経験、熟練度によります。
ハイクラスの専門家なら、この程度の費用がかかる場合があります。
会社として依頼する場合は「専門家」と名乗っていても、どのような経験やスキルを持つ人なのかを吟味する必要があるでしょう。
行為者の行動変容支援はコストではなく投資―放置の損失は想像以上
「研修を受けたからもう安心」と考えるのは危険です。
研修は知識を伝えるところまでで、無意識に働く価値観や認知には働きかけにくいところがあります。
とくに性的ハラスメントは、背景にある心理や無意識の偏りに対応しなければ、更生が難しいケースが多いのです。
行為者は懲戒処分によって、解雇や自ら会社を去っていく場合もあるでしょう。
ただ、残ってもらうと決めた以上は、行為者への支援は必要となると考えましょう。
個別支援プログラムを実施するには一定の費用がかかるため、多くの場合には企業の幹部クラスに行われます。
それを怠った場合に生じるリスクは被害者の離職、職場の士気の低下、企業への信頼損失などに及び、はるかに重大です。
6カ月の個別支援は、再発防止と職場の信頼回復への大切な投資となります。
仮に変化の兆しが小さくても、伴走型の支援を継続することで、少しずつでも確かな改善は積み重なっていくでしょう。
今回は、行為者の行動変容支援を望むなら研修だけに頼るのではなく、個別支援という選択肢があることを知っていただけたら嬉しいです。
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【執筆者】
相談員養成講座 特任講師 平澤 知穂
【プロフィール】
2000年にコーチとして独⽴、研修講師として活動開始。 2つの⼤学で通算14年間⼤学⾮常勤講師を務める。 企業や⾃治体、医療法⼈などにおいてハラスメント防⽌の活動を⾏い、2022年には個⼈のハラスメント年間相談対応が 600件を超えた。厚⽣労働省の設置するハラスメント相談窓⼝や、法務省の刑事施設における矯正教育関連プログラムの ファシリテーターを経験している。
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