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ハラスメント相談窓口の役割と自己都合退職の実情について

私がハラスメント相談窓口の相談員をしていた際、以下のような事例がありました。

セクシャルハラスメントを受けた女性が耐えきれず、「一身上の都合」として退職をしたケースです。

退職後、その方から相談をいただいた事案でした。

 

当時、窓口に所属していた弁護士や社会保険労務士と議論になったのは、「一身上の都合」で退職した場合でも、後からハローワークに相談し、ハラスメントが原因だったことを申し出ることが可能である、という点です。

 

自己都合退職における手続き上のデメリット

自己都合退職を選択する際には、いくつかの手続き上のデメリットが生じる可能性があります。

たとえば、失業保険の給付開始までの期間が会社都合退職に比べて長くなります。

原則として自己都合退職では2~3か月の待機期間が必要で、その間の生活費の自己負担が多くなります。

 

また、退職金や企業年金制度においても、会社都合退職よりも不利な条件が適用される場合があります。

このため、相談者が経済的にも追い詰められる可能性があるのです。

 

さらに、転職活動時には採用担当者から「自己都合退職」の理由として「前職で何が原因だったのか」と質問を受けることもあるでしょう。

このように、自己都合退職には慎重な検討が求められます。

 

ハラスメント退職の特例と現状の課題

ハローワークの公式サイトによると、「特定受給資格者および特定理由離職者」(※1)

に該当すれば、通常の自己都合退職よりも手厚い支援を受けられる場合があります。

 

たとえ退職届に「自己都合」と記載されていたとしても、ハラスメントが原因で退職した場合には、ハローワークで「自己都合ではなくやむを得ない理由での退職」(※2)と申し立てることが可能です。

 

ただし、現実にはこれが認定されるケースは多くなく、一度「自己都合退職」とされたものを覆すのは非常に難しいのが実情です。

そのため、退職の際にハラスメントを理由として正式に記録に残すことが重要です。

 

相談窓口としての対応のポイント

こうした状況を踏まえ、相談員として退職を考えている相談者にどのような対応をするのが望ましいでしょうか。

 

もちろん、「新しい環境で再スタートしたい」というご本人の意向がある場合もあり、退職を否定するわけではありません。

 

そして、相談員の基本的な役割は、まず「正確に聞き取ること」です。

加えて、相談窓口では相談者の心理的負担を軽減しつつ、選択肢を広げるサポートが求められます。

退職を唯一の解決策とするのではなく、会社としてどのような支援を提供できるかを一緒に考えることが、その先の対応として重要です。

 

たとえば、退職するしかないと追い詰められている相談者に対し、「休業」という形をとることで心理的・身体的な余裕を持つ選択肢を提示することもできます。

また、退職を選択する場合でも、自己都合退職のデメリットや特定受給資格者の制度について正確な情報を伝えることで、後悔の少ない判断を促すことができます。

 

私がいた相談窓口では、相談回数が増えたり、本人が退職について相談を申し出てきた場合、相談者の意向を尊重しながらも、「自己都合退職」のデメリットを含め、その他の選択肢について考える機会を提供するケースがありました。

 

一次対応をする相談員は、相談者の意向を尊重しつつ、「正確に聞き取ること」が基本的な

役割です。

その上で、それに留まらず、相談員自身の所感を含めて管理部門に報告を行ったり、追い詰められた相談者に適切な情報提供や選択肢の提示を行うことで、より良い対応につなげることができます。

 

相談員に求められる役割

ハラスメント行為を受けた人が「一身上の都合」という形で追い詰められて退職に至ることを防ぐために、企業内の相談窓口の役割はますます重要です。

相談員としてできることは、相談者の声を聞くことに留まらず、状況を正確に把握し、最善の選択肢を一緒に探ることです。

適切な対応を通じて、相談者がより良い未来に向けた決断をできるよう支援することが、相談員に求められる重要な役割と言えるでしょう。

 

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厚生労働省 ハローワークWEBサイトより

(※1)特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲(PDF)

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000147318.pdf

 

(※2)特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲の概要

https://www.hellowork.mhlw.go.jp/insurance/insurance_range.html

「2『解雇』等により離職した者」の項目には、例えば(6)の事案や(10)の事案など、

ハラスメントに該当し得る記述が含まれています(他にも該当するケースがあります)

 

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【執筆者】

相談員養成講座 特任講師 平澤 知穂

 

【プロフィール】

2000年にコーチとして独⽴、研修講師として活動開始。 2つの⼤学で通算14年間⼤学⾮常勤講師を務める。 企業や⾃治体、医療法⼈などにおいてハラスメント防⽌の活動を⾏い、2022年には個⼈のハラスメント年間相談対応が 600件を超えた。厚⽣労働省の設置するハラスメント相談窓⼝や、法務省の刑事施設における矯正教育関連プログラムの ファシリテーターを経験している。

 

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